「……何か」

あなたはさらに不機嫌になりました。
彼女もそれを感じたようです。あなたの態度に煽られて縮こまる様子は、見ていて可哀想になります。
彼女は確かに不審ですが、人の悪そうな要素は全く見受けられないのです。

「すみません……かけるところが、思い付かなくて。電話があれば、何とかなると思っていたんですが……」

「どこへかけるつもりだったんです」

「タクシーとか、何か……とりあえず、ここがどこだか分からないので、知っている土地に出たかったんですけど……。でも、よく考えたら、自分がここがどこだか分かっていないのに、誰かに迎えに来てもらえるわけがないですよね……」

「そうですね」

面倒になると丁寧な敬語で冷たく突き放すのは、あなたの悪い癖です。
彼女はあなたに携帯電話を返しました。こめかみからはみ出た髪を垂らしてお辞儀をすると、気の毒になる笑顔を向けます。

「すみませんでした。もう少し、頑張ってみます。五キロ先には、コンビニがあるんですよね」

冷たいあなたもさすがに彼女を呼び止めました。

「歩くつもりですか?」

「はい。よく考えたらタクシー代がないからこうなっているわけですし、昨日からもうそのくらいは歩いてますから、あと半分だと思って、なんとか」

「……さっきは五キロと言いましたが、多分それ以上あります。十キロくらい」

あなたの忠告に、彼女のやつれた笑顔が、そのまま絶望に変わっていきました。