やがてエンジンが安定し、あなたが先にハンドルを切ったところで、彼女は前を向きました。その顔はとても複雑そうです。

「……梶村さん、トラウマにならないといいですね」

あなたは背後に警察官がいるので、今はかなり慎重に運転をしています。彼女の言葉にはすぐに反応せず、道路にまっすぐ車体が乗り、軌道が安定してから「トラウマ?」と彼女に尋ねました。

「これからオープンカー見るたびに緊張すると思いますよ。駐車場で高級車の横には停められなくなっちゃったりとか。こんな綺麗な車にぶつけちゃったんですから」

「あー……」

あなたは彼女の言葉で、なぜ梶村さんがあんなにも怯えていたのかがやっと分かったのでしょう。「あー」という短い返事の中で、納得したように音程が上下していきました。
二十歳を越えているにしてはあまりに気が動転しすぎていると呆れていたのでしょうが、あなたのような方の車にぶつけるということは、世間的にはとても恐ろしいことなのです。

「まあトラウマになってもいいんじゃないですか。また油断してぶつけるのが一番災難ですから」

あなたの本音は、またぶつけられるのが、でしょう。彼女はそれが少し分かったのか、クスクスと笑っています。

「でも、本当に、一番災難なのは碓氷さんですよね。車も修理に出さなきゃならないでしょうし……」

「この車はここへ来るためにしか使わないので、問題はないです。まあ直ればいいことですし」

このわずかな時間で随分と寛大になったあなたを、彼女はポーッと見つめていました。
それもそのはず、あなたに寛大さや思いやりといったものが備わったのだとしたら、いよいよケチのつけようのない完璧な男になります。それが欠如していてこそのあなただと思っていましたが、相手によっては変わるということでしょうか。