「人生初のオープンカーの助手席だったんですけど、こんな格好で本当に残念です……」

彼女の妙な感想に返答が思い付かないあなたは、かわりにエンジン音を鳴らして車を動かします。

彼女は、冷たいミネラルウォーターをちびちびと飲み、外側についている水滴をハンカチで拭きながら、ずっと手の中に持ったままでいます。
それを見たあなたは、左手を彼女の方に伸ばし、グローブボックスの左のドリンクホルダーを引き出しました。

「使ってください」

「あ、すみません。ありがとうございます」

彼女はペコリとお辞儀をすると、そこへミネラルウォーターを立て、やっとシートに背をつけてリラックスした姿勢をとりました。

彼女がコンビニで食べ物を買ってこなかったことに安心しました。あなたが車内で何かを食べることは滅多にありませんし、人が食べているのも、好まないでしょう。
スナック菓子を触った手で車内をあちこち触られると、見えない油に神経質になるはずです。

しかし、あなたは彼女が昨日から何も食べていないことに気付いているでしょう。

「……食べ物とかは、買わなくて大丈夫なんですか」

彼女は本当は何か我慢しているのではと気になるあなたは、神経質な自分を押し殺して、そんなことを尋ねました。

「大丈夫です。着いたら家で食べますから」

「そうですか」

あなたはこれ以上考えないことにしたようです。
まあ、地図アプリで確認したとき、立川まであと一時間四十分ほどでしたから、あなたは彼女の空腹についてまで責任を持つ必要はないでしょう。