「私も、読みは普通なんですが、漢字は珍しいかもしれません。藍色の“藍”です」

「あー、草冠の……」

「はい。“青は藍より出でて藍より青し”の」

「噛まずに言えましたね」

「ふふ、こういう話になるたびに使っていますから。意味もご存知ですか?」

「弟子が師匠を上回る、って話ですね」

「そうです」

あなたは仕事でも、プライベートでも、意味のない自己紹介を嫌います。今後使う必要のない情報を仕入れることが苦痛なのです。それも、興味のあるふりをしなければならないことが、特に。

彼女としているのはその意味のない自己紹介に違いありませんが、あなたは苦痛には思いませんでした。
彼女の使うどこかで聞いたけれど忘れていた言葉は、まるでスパイスのようだったのです。

「碓氷さんは、どうしてここへ?」

あなたへの質問の順序も適切でした。

「俺は休日、いつもここへ運転しに来ます。三時に立川を出て、まあ、ありがちですが、朝陽を見に来るんでしょうね」

「ストレス発散、ですか?」

「発散できているつもりはないですが、三年もやめられないんですから、そういうことなのかもしれません」