覚悟はいいか!【完結しました】




「ん……」


朝の日差しに目が覚めてくる
だんだん意識が覚醒するなかで少しずつ現実を思い出した


あ……


チラッと首を動かせば、寝顔さえも綺麗な彼の姿にやっぱり夢ではなかったと何故だか冷静な自分がいた

ドラマとか漫画では「きゃー」なんて可愛く反応するであろう場面だ
スヤスヤと気持ちよさげに寝ているのはよく知っている彼だ

身体に巻き付いている彼の腕をそっと解いてベッドから出た

ほんのり涼しくなってきた季節に今の自分の格好は寒く布団から出た瞬間寒気が襲い
そのまま、シャワーを浴びようと浴室に向かった


シャワーを浴びながら考えるのは昨日の事、彼の事

酔ってはいたが、ちゃんと覚えている


美幸と隆也から結婚の報告を受けた後の修羅場
修羅場の当事者である彼は私がよく知っている人


武内誠


同期であるが上司になった彼
直属の上司ではないが、28歳と言う若さで課長
課同士の行き来が多いので直属ではなくても交流は他より多い
もうすぐ、部長ではないかと専ら噂


28歳で独身、エリート街道まっしぐらで誰もが振り返るほどの美貌の持ち主

もちろん、女性には苦労しないだろうし社内でも来るもの拒まず、去るもの追わずで有名だ

昨日の修羅場も女性にお酒をぶっかけられ平手打ちされてたんだから強ち噂も嘘ではないだろう
でも、彼は私に言った


「女を抱けない」と

でも…………


「私、抱かれたよね?」






シャワーの音にかきけされたが、自分の声はちゃんと耳に届いた

間違いない
ちゃんと、覚えてる
彼は私を抱いた

それはそれは何度も何度も
飢えた狼の様に
堕ちるように二人で果てて意識を手放した


抱けないってどう言うこと?
私は騙されたのだろうか?
でも、その方が都合が良い
言葉通りのワンナイトラブ


きっと、課長も私から逃げるのだから
それなら初めからワンナイトラブだと割りきっているほうが良い


私はシャワーから出て、キッチンで朝食を作り始めた
今日は日曜日

忙しい課長もさすがに日曜は休みだと言っていた
いつ起きてくるかはわからないけどきっとお腹を空かしているだろう

"腹が減っては戦は出来ぬ"とはよく言ったものだ
話をするにしても、腹ごしらえは必要だ


そんな事を考えながら朝食を作って
あとスープを作って課長を起こすかどうしようかと悩んでいたら
ドタドタと地震が起きたのかと思うほどの音と共に課長が起きてきた


驚いた私を見て課長はホッとしたのか一息吐いて「いた」と呟いた

いますとも!
ここ、私の家ですからね!



「シャワー浴びますか?新しい下着と服置いてますので」

「あ、あぁ」


浴室の場所を伝えてまた、スープを作り始める

浴室から聞こえるシャワーの音に何故だか胸の高鳴りを抑えることが出来なかった






「お前、いい女だな」


後ろから声が聞こえて驚いて振り返ればシャワーを浴びたばかりの課長にドキッとした

男性なのに私より色気あるって!
やっぱり神様は不公平だ!


「何を言ってるんですか、もう出来ますのでどうぞ」

「あぁ、ありがとう」



課長はゆっくりと椅子に座った
不思議な感じ
あのイケメン課長が目の前でご飯を食べてるんだから


「美味いな」


そう言いながらしっかりと食べきってくれた
食後のコーヒーを入れながら、この後の話を想像した
ちゃんと、話をして受け止めないと


「どうぞ」

「ありがとう」


コーヒーの香りに気分が落ち着いてくる
一口飲んで息が漏れた
緊張していたのだろうか


「優」


優しく名を呼ばれて彼を見た
抱かれてる間も何度も呼ばれた名前
彼の事も「誠さん」と何度も呼んだ
もう呼ばれないと思っていた「津川」といつもの関係に戻るのだと



「悪かった」


謝られた瞬間、空気が冷えた気がした
わかっていたはずじゃない
一夜の過ちでしょ?


「違うから!」


課長はそう言って俯いてしまった私の視線を合わせた
頬に触れる両手が少し震えている
それは、昨日の彼を思い出させた



「抱いた事は謝らない
後悔なんてしてないからな!
謝ったのは嘘になってしまったからだ」

「うそ?」

「女を抱けない、なんて言ったのに」

「あ………」



昨日の情事を思い出して視線をさ迷わせた
は、恥ずかしい


「目を見てくれ
嘘じゃないと感じて欲しい
俺は………」


課長は、真っ直ぐに言葉を紡いだ



「ずっと好きだった」










「ずっと好きだった」


課長は間違いなくそう言った
好き?
私の事を?



「悪かった、昨日は久しぶりで……がっついた……
身体は大丈夫か?」


恥ずかしそうに言う課長に嘘は見当たらない
え?
どういう意味?
昨日の事はワンナイトラブじゃないの?



「えっと、か、課長……?」

「課長、か……昨日は名前で呼んでくれたのに……」



そう言われて、かーっと身体中が熱くなった


「酔った勢いじゃ?」

「そんなはずないだろ?俺はそんなに弱くない
昨日はどうしてもお前を抱きたかった
ちゃんと好きだから
責任取れって言うなら願ったり叶ったりだ
喜んで取るよ」


せ、責任って!なんの?
エッチしたのに?



「か、課長……あの私………」

「誠………だろ?そう呼んで」

「……っっ!」


イケメンの甘えた姿は毒でしかない
それに耐えるほどの経験は私にはない



「ま、誠さん……」

「うん、なに?」


一瞬にして蕩けるような笑顔に真っ赤になってしまう
この人、だれ?
こんなに甘い人なの?


ふと、女の人が会社の前に居たこととか
昨日の事が甦ってくる


そうよ、私にだけじゃない
期待しちゃダメ
勘違いしちゃダメ


百戦錬磨の彼にとって数ある女性経験の中でも私はそのうちの一人でしかないのだから

すーっと覚めていく感情を感じた
例え、ヤり逃げ常習犯である私でも
二番手は嫌
浮気だって許せる訳じゃない









「誠さんには私は荷が重いですよ」

「確かにな、お前みたいないい女に俺なんて似合わないのもわかってるよ」

「いやいや、そう言う意味じゃ
それに言ったでしょ?
私はエッチしたら逃げられるヤり逃げ常習犯だって」



彼は綺麗な瞳を更に大きく見せた
驚いた顔も綺麗だなんて
そして、やっぱり癖なのだろう困ったように頭を掻いた

昨日、ちゃんと伝えた
本気、なんて言う彼に腹が立った
私のそんな事情、彼には関係ないのに



「お前のそのヤり逃げ常習犯ってやつ?
それ、俺からしたら悔しくて仕方ねぇ
はっきり言ってお前を抱いた男殴り飛ばしてやりてぇ」

「え?」

「この先お前を抱くのは俺だけにしたい
お前とのセックスすげえ良かった
逃がしたくない
身体からなんて誠意ないのもわかってる」

「わ、私をまだ抱けるの?」

「は?当たり前だろ?正直今からでも抱きてぇよ
これでも我慢してんだからな」



ハラハラと涙が零れ落ちた

いつも、エッチをしたら振られてきた私
身体を重ねるのが怖かった
また、離れていくのかって

それでも、好きになってしまう
恋愛してしまう
大人の付き合いでプラトニックでいられないこともわかっているのに


「ゆ、優?わりぃ、今の言い方下品だったよな」


急に泣き出した私に慌てている
彼は悪くない
言葉にならない分、フルフルと頭を振って否定した

だって、嬉しかった
"次"があると言ってくれた彼に









嬉しかったけど、セフレと呼ばれる様な関係は私には無理だ
じゃあ、"普通の付き合い"って?て聞かれると答えられないけど
することは同じかもしれないけど

彼氏が居ないからと言って誰でも言い訳じゃない


毎回逃げられて、経験人数だけは増えていくのに経験数は少ない
2回目以降があったのは長く付き合った充くらいだ

彼のように女性に苦労しない人とどう付き合えば良いのかわからない


「誠さん、一人になんて絞れないでしょ?
モテるし
私はそれだけの関係にはなれないです」

「お前には変なとこ見られてるからな」



そう言えば、私はどうして彼とエッチしたんだろう?
会社の人とこんなこと………
面倒でしかない珍事だ


「女を抱けない」と言った彼の手が震えてたから?
その瞳が悲しく揺れてたから?


抱けない彼と
抱かれたら捨てられる私


知りたかったのだろうか?
そんな二人がどうなるのか?

わかってる、ちゃんと覚えてる
誘ったのは、私だ
「じゃあ、私を抱いてみます?」と



「色んな噂が飛び交ってんのは知ってる
でも、信じてもらえないかも知れないけど俺の事話していいか?」


真っ直ぐな瞳
正直、さっきから彼の瞳に囚われそうになっている


私の無言を肯定として受け取ってくれたようで
話始めた


「俺は欠陥品なんだ」


その瞳は悲しい色をしていた





「俺は欠陥品なんだ」


彼のどこが欠陥品と言うのだろうか

人より遥かに目を惹く容姿
会社は一流と呼ばれている会社だ
大学だって一流だろう
仕事も出来て、エリート街道まっしぐら
女にだって不自由していない

だからと言って同姓に敵が多いわけではない
彼を慕っている人は沢山いるのを知っている
同じ課の男性が何度も彼を誉めているのを聞いた


そんな彼が欠陥品?
何か言おうかと思ったが、先ずは彼の言葉で聞きたい


「お前はほんと出来た女だな」

「え?」

「ちゃんと話を聞こうとしてくれている
これからする話が面倒な話なのはもうわかっただろ?
たぶん、何か言いたかったんだろうけど飲み込んだろ?
社の奴等が「津川さんには嘘つけないわ」って言ってた意味がよくわかるよ
あ、悪い、脱線したな」

彼は"恥ずかしい話なんだけど"と言ってあり得ない事を言った


「俺、前の彼女と別れてからもう5年になるかな?
女を抱けなくなったんだ」

「え?」

「直前まで抱くつもりで女とホテルに行ってもいざって時には女に触れることも出来なくて吐き気がするんだ
それでも、こいつならってそれなりに好みの女がいたらホテルに誘ってみるけどダメ
そんな事してこの5年間女を抱くどころか触ることも出来ないんだ」


え?
それなら今までの噂はなんだったんだろうか?
来るもの拒まず、去るもの追わず
女を取っ替え引っ替えしているって







「まぁ、女とホテルには行ってたからな
ホテルに行って、ヤらねぇなんて普通、思わないだろ?
そんな姿、会社の奴にも何回も見られてるだろうし
会社の前で待たれたこともあったし
俺もなりふり構わずだったから
噂を否定するのも面倒だったしな」


なまじ信じられない話ではあるが、こんな話を嘘にすることの方が信じられない

それなら、何かの病気なのだろうか?


「身体は大丈夫なんですか?」

「え?」

「どこか病気とか……」

「ははっ、ほんとお前は………
身体はどうってことない、まぁ、5年間もセックスしてなかったからわかんねぇけど
ただ、わかってたのは精神的苦痛だと思う
女を見ると前の女の姿がチラついてな」

「別れた彼女さんですか?」

「あぁ、別れるまで知らなかったんだけど………
旦那がいたんだ」

「え?」

「3年も付き合ってて知らなかったんだ
バカだよな?」


酷い
3年間も、旦那さんと彼を騙していたなんて



「しかも、俺、プロポーズ紛いの事言ってな
その時に旦那がいることと、俺とは遊びだって言われた」

「……っっ!」


そんなっ!
あまりに誠意がない

同じ女性として許せない

その時の彼の気持ちを考えると胸が締め付けられる
きっと彼は彼女のこと本当に好きだったはずだ
そのあとも、彼女の残像に悩まされるくらいには









「お前の事は好きだった
始めて会った時から
でも、社内恋愛はしないって言うし俺なんて恋愛対象にはならないんだろうと思って
だから、今まで通り他の女で試したけど、全然ダメで
心のどっかでお前をずっと想ってたんだと思う
だから、昨日はラッキーだった」

「ラッキーって」

「ラッキーだろ?お前を抱けた
最高の夜だったよ」


ストレートな言葉にまた、全身が熱を帯びる
そんなこと、言われたことない


「5年も女抱けないとさ、やっぱり自信なくなるし
俺は欠陥品なんだって思った
セックスだけが全てじゃないけど、やっぱり男だろ?
好きな女は抱きたい
それでもお前に対して好きな気持ちはあっても、抱けるかわかんなかったけどな」


あの時、震えていた手は怖かったんだ
5年間も………


同じだと、思ったのかも

抱けない彼と
抱かれない私

同じ傷だと思ったのかも知れない


きっと昨日の事は、お互いの傷の舐めあいだったんだ


「俺はもうお前しか要らないから」

「え?」

「こう見えて、女の経験数は少ないからな
しかも5年間もなんもなかったんだ
それでも、お前を抱いた時泣けた
俺の5年間も無駄じゃなかったって
神様がお前を俺に会わせてくれたんだって
ヤり逃げだって?
お前があまりに、いい女でセックスも良かったから怖じ気づいたんだろ?
小さい男だ
変な性癖もないから心配するな」


私も全てが報われた気がした


「だから、もう一回抱かせろ」