「なっ、うるさいんだよ恵美!火止めてればよかっただろー!!」

涙を拭うと、頬を赤くして、空我は恵美に不満げに抗議した。

それが取り繕った演技ではないことに、心底ホッとした。
――やっと、空元気でなくなったみたいだ。
――やっと、旅行が楽しくなりそうだ。

そう思うと、俺は本当に心の底から安心して、思わず涙が溢れそうになった。



俺は、世界には絵空事と幻想が溢れていると思っている。



プロ野球選手になりたいだとか、画家になりたいだとか。


あるいは努力すれば報われるだとか、今まで悪いことしかなかったのなら、いつか報われるだとか。



そういうのは全て絵空事で、幻想だ。


この世には、そういうものがあまりに多すぎる。



――それは全て、理不尽な世界で生きるのが嫌だった人々が作った願望だ。



――それでも、俺は生まれて初めて、そういう幻想に縋りたいと思った。

今まで、空我には酷いことばかりがあった。
どうか、次こそ。――この旅行から、どうか虐待に耐えかねてきた空我が、報われますように。



神なんて信じていないくせに、俺はその時、生まれて初めて、神に祈った。


――空我が、出来損ないの俺の何十倍も幸せになれますようにと。