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『――ねぇ奈々絵、覚えておいて。奈々絵が存在することには、意味があるの。あたしが存在することにも、奈々絵が存在することにも意味がある。――存在した意味がない人なんていないの。それだけは、よく覚えておいて』
俺が鮮明に覚えている事故が起きるまでの記憶は、二つしかない。一つは、小説や漫画に出てきそうなくらい長ったらしいその言葉を、 どこかの海の前で、姉に言われたことだ。
きっと俺は、その海によく家族と来ていたんだと思う。
そこで姉と何を話したのかと言われれば、さっきの言葉のことしか思い出せないが。
そして、もう一つは、――優秀な姉が出来損ないの俺を庇って、死んだことだ。
それ以外の記憶はほとんど朧気で、霞んでいる。
「――これから語る全ては、きっと真実ではない」
そうであるからこそ、俺はそう前置きをして、空我達に話を始めた。