――赤羽奈々絵。それが、彼の名前だった。ほんの一週間前までは、私の彼氏だった人。それなのに、まさか突然いなくなるなんて……っ。


余りに予想外のことに、頭がついていかなかった。

「……っ」

涙は頬を濡らして、音も無く地面にこぼれ落ちた。着々と、確実に。



「どうして……っ」


“忘れて。――俺のこと、忘れて生きて”


今ならわかる。彼がどうして、そんなことを私に告げたのか。そして、どうして私を必死でふったのか。



――全ては、近いうちに自分が死んでしまうから。
ただそれだけだった。


私はそのことに、彼の病気がもはや手遅れになるまで進んでいたことに、気づいてすらいなかった。


彼が自分から病気のことを話したがらないのは、余りいい兆候じゃないからだって、よく知っていたハズなのに……。



「ごめんね、奈々絵……っ。私、とっくに彼女失格だね……っ」


焼かれようとする彼の目の前で、私はそう涙ながらに呟いた。


奈々絵は、一体いつから、私に別れを切り出そうと考えるくらい、病気が悪くなっていたんだろう。



そんなことも、見抜けなかったなんて……っ。


自分に腹が立って、仕方がなかった。


ごめんね、ごめんね奈々絵。君はずっと、どうにか死ぬほんの少し前までは私のそばにいようと、そう尽力してくれたのに……。


私は奈々絵を、少しもわかっていなかった。