「えー、聞こえない!!」

頬をふくらませて、拗ねたように恵美は言った。

「……可愛いよ、馬鹿」

試着室の上に上がり、俺は、恵美の耳元でそう小さく囁いた。

「……あっ、ありがとう」

頬を真っ赤に染めて、照れたように恵美は言った。

「ん、帰るぞ」

「えーもう?奈々絵何にも買わないの?」

頬杖をついた恵美は、首を傾げながら、口を尖らせて不満そうにそう言った。

「……買ったってどうせろくに着れないだろ」

試着室から降りると、恵美から目を逸らして、俺はそう雑に吐き捨てた。

どうせ旅行が終わったら、また病院に戻ることになるんだから。それなのに着れるハズがない。

「もう!こういうのは記念でしょ?着いてきて!コーディネートしてあげるから!!」

そう言って恵美は楽しそうに笑って、俺の服の裾を引っ張った。