「空我……」
顔を俯かせた空我を、ただただ奈々絵は見ていた。
空我は5歳の時から、高校1年生の2月下旬まで、母親から虐待を受けていた。
その虐待は、元はと言えば、母親が不倫をして空我を産んだことに、当時の空我のお父さんが勘づいてしまったことが原因らしい。
空我の母親は、そのお父さんに空我のことを問い詰められるたびに心が不安定になり、その心の揺らぎを、空我への暴力で発散してしまっていたらしい。
それも空我が5歳の時から、11年も。
おかげで空我は、身体中が痣だらけだ。
虐待自体は、空我の母親と本当の父親が再会して和解したこともあってか、もう一切なくなった。
でも、解決したからといって、すぐに空我の心が穏やかになるわけじゃないんだ。
空我は、何を言っても母親にいたぶられる生活を送ってきたからか、かなり自分の気持ちをいえない子になってしまった。
さっきテンションが低かったのに自分からその理由を言ってこなかったのも、それが理由だ。
「……夢じゃねぇよ。だから大丈夫だって。日常が変わるのは怖いだろうけどさ、お前の場合悪い方向じゃなくて、いい方向に変わってるのは確実なんだから。な?」
「……あぁ」
優しい声を出して、奈々絵はいう。空我は痣で赤黒く染った自分の腕を見ながら、それに小さな声で頷く。
「そんなに考え込まなくてもお前は大丈夫だよ。……俺と違ってみんなに愛されてんだし」
空我の頭をわしゃわしゃっと犬の頭でもなでるみたいに雑に撫でて、奈々絵は言った。
「……うん」
奈々絵を見ながら、空我は控えめに頷く。