ICカードで改札を通り抜け、平日よりは少ない電車に乗り込む。いつもはたいてい埋まっている席も空いていて、簡単に座ることが出来た。
車内には暖房がついているのか、座席が暖かくて冷えた身体もゆっくり暖められる。
動き出した電車は、走行音が規則正しく聞こえてくるだけだった。
「今日は、驚いた」
ふと主任がそんな言葉を漏らしたので、え?と聞き返す。
ついでに自然に振り向いてしまったので、彼とばっちり目が合ってしまい、強引に逸らした。
こういう自分の子供みたいな行動で余計に気まずくさせてしまうのは分かっているのに、考えるより先にやってしまう。
彼は私のこのあからさまな態度に触れることなく、話を続けた。
「コンペ用の資料を、自分で作り直してるとは思わなかったから。家に帰ってからやってたの?」
「……はい。私、建築業界に身を置いているのに、本当に知らないことが多すぎて。コンペで粗相があったら台無しにしてしまうと思って、自分なりに……」
「図表も作りこんであったし、クライアントの名誉会長がおっしゃっていたけど要点もまとまってたと思う」
「でも、内容はコンペ向きではないです。素人が見る分にはいいかもしれないですけど……」
「それがクライアントには受けたんだから、こちらとしては万々歳」
褒められているのは嬉しいのだが、それに伴って顔まで紅潮するからやめてほしい。
ありがとうございます、と消え入りそうな声でお礼を告げると、彼は笑っていた。
「森村さんの株が急上昇して、俺はちょっと焦りました」
「え!なんでですか?」
「優秀な部下を違う部署に引っ張られないかって」
「……行きませんよ、私は」
だって、主任と一緒に働きたいから。
なんて、言えるわけないけど。