「お前の故郷は、いつだって下町だ。お前が帰ってきた時にゃ、俺達が迎えてやる。だから、傷つくなら、めいいっぱい傷ついて戻ってこい。やることもやらず、めそめそするなんざ、俺の知っている自慢の幼なじみじゃねーよ」


顔を上げた、翠蓮の目元を拭ってやる。


「お前の長所は、アホみたいに前向きなところだったろ?」


親指の腹が触れたところが、少しおかしい。


近づいて良く見ると、


「すげー隈。寝てねぇのか?」


尋ねると、小さく頷いた翠蓮。


「……眠れないの。寝たら、悪夢を見るから……」


「悪夢?」


「誰かが、多くの人が、泣いてるの。混乱と気持ち悪さと後悔だけがおしよせて、でも全部を飲み込んでしまった、三年前のあの時と同じような苦しさが付きまとうの。耳を塞いでも、聞こえてくる。多くの人の、悲しみの声」


耳元を塞いで、怯える翠蓮の元に歩み寄ったのは、飛燕という青年だった。


「……そうか。翠蓮、そなたは眠れていなかったのか」


「……っ」


こくこく、と、頷く翠蓮を見て、飛燕は苦しそうに、眉を寄せる。


「すまないの……それは、儂らのせいじゃ」


「飛燕……?」


飛燕は手を伸ばすと、後ろから、優しく翠蓮の目元を覆って。


「忘れることは出来ないが、仕舞っておくことは出来るから……そなたは何も知らなくて良い。今はただ、おやすみ」


すると、ゆっくりと翠蓮の体は傾いていって。


祥基が手を伸ばし、彼女の体を支える。


翠蓮は祥基の腕に全身を預けたまま、うわ言のように


「このまま、深く眠れたら……あの悪夢は終わるのかな……」


と、呟くから。


「分からねぇけど、お前は一旦、気持ちを落ち着けてから、後宮に帰った方がいい。だから、今は飛燕がくれた、その身の心地良さに身を委ねとけ。自分の体を大事にすることは、自分を大事にすることと同義だ」


祥基は彼女を抱え直して、また、頭を撫でた。


昔―……これは、彼女の死んだ父親のくせだった。


撫でていると、次第に聞こえてくる寝息。


こうすると、彼女は眠りに落ちるのが早い。