(この後宮で、私が生きると決めてしまったら、貴方はきっと、私を守る)


自惚れかもしれないけれど、翠蓮は自分が黎祥に愛されていて、必要とされていることに気づいていた。


なぜなら、同じくらい、いいや、それ以上に翠蓮もまた、黎祥を愛してしまっていたからだ。


『お前が危険ならば、私は何度でも助けたいと望み、行動すると思うぞ?』


(……あの言葉は、貴方の本心だったんでしょう?)


だから、貴方の本当の妃にはならないの。


なれないの。


(私はまだ、あなたを愛しているから)


後宮に、愛はいらない。


恋は障害だ。


後宮で生きていきたければ、心を殺し、笑い、そして、嘘をつくことに慣れなければならない。


それをすることを両親から禁じられてきた翠蓮は滅法苦手で、だからこそ、本音で付き合える薬師の姿はとても便利で。


「翠蓮、とりあえず、落ち着ける場所に行こう?流雲殿下も……内院(ナカニワ)でよろしいですか?」


顔を両手で覆って、声を漏らす。


止めたくても、勝手に溢れる。


「君の、考えるままに」


どうして、いつだって。


―泣いて、弱いのが嫌で、前を向くことを決めていたはずなのに。


「……翠蓮、頑張りすぎるのもいいことだけど、少しは周りに甘えていいんだよ」


そして、杏果の申し出に頷いた殿下は優しく、翠蓮の頭を撫でて、そう言ってくれて。


「君は決して、弱くない。ひとりじゃない。この後宮で、黎祥の隣で生きることを望んでもいいんだよ」


優しい、優しい、慈悲深い声。


「杏果、翠蓮は僕が支えるよ。……君を選んだのは翠蓮かもしれないけれど、君の他の女人は李家が選んだものだろう?彼女たちにも、協力を仰ぎたい。どうか、彼女たちを内院の四阿(アズマヤ)に連れてきてくれないかい?」


逞しい腕が伸びてきて、翠蓮に「寄りかかっていいよ」と言った流雲殿下。


(……どうして、)


がっちりとした、その腕は……病弱で、よく臥せる患者のそれじゃない。


(……どうして貴方は、全部知っているんでしょう?全部、分かっているんでしょう?それなのにどうして、貴方の知る人の罪を糾弾しようとしないで、甘んじて、苦しいそういう生き方をしているの?)


尋ねたいことは、沢山あった。


でも、それ以上に翠蓮の胸を締付けるものがあった。