秋遠様と高淑太妃様が眠りについたのを見届けて、妹君である灯蘭様と兄の祐鳳がやってきたのを機会に、翠蓮は宵影閣を後にした。


今の後宮において、誰も信用は出来やしないが……兄ならば、信じてもいいかと思ったのだ。


昔から、正義感の強い人だから。


どんな権力の前だろうが、駄目なことは駄目だとはっきり言うような、正義感の塊。


それもこれも全て、死んだ父の教え。


「……っ、さ、……こう…っ…、ま……」


どこからか聞こえてきた、誰かを呼ぶ声。


不思議な形状の黒宵国後宮だから、色んなところには繋がっているが……内楽堂に向かう途中、聞こえてきたその声に、翠蓮は足を止めた。


「……ま、……っ、……です……!!」


その声は、女の人のものだった。


どこか悲痛であり、痛ましい声。


近づいていくと、


「どこに……っ、殿下……」


泣きそうな声の、誰かを探す、誰かの声。


「翠蘭様!もうおやめ下さいませ!!」


そんな静止の声も聞かず、襦裙を泥まみれにして駆けずりまわる女性。