雨に恋するキズナミダ



「いいのか?」

「もちろん!」

「うわ、マジで助かった!」



 意外な言葉に、わたしは秋くんをまじまじと見てしまう。
 実は困っていたの?



「高認試験の過去問見たんだけどさ、さっぱりわからなくて。聞けるやつはいないし、塾だの学校は無理だし」

「悩んでたの?」

「ちょっとな」



 言ってくれたらよかったのに。
 わたしたち友達なんだよ。そりゃ、ちょっと疎遠になっていたけどさ。



「どうした?」

「ううん。嬉しい。じゃあ、これからの計画立てなきゃね。今日はもう時間ないし、あとで連絡しても大丈夫?」

「ああ、待ってる」



 すっかり冷めてしまったカプチーノに口を付ける。


 冷めているはずなのにとても温かい味がした。
 ほろ苦い珈琲と柔らかいミルクが重なって、嬉しさと切なさが混じり合うような……そんな口当たりだった。



 ***


 もしもあの時、わたしが本当のことを言っていたら何か変わっていただろうか。


 過去に戻れるわけがない。変えられやしない。全てわたしがやってしまったこと。
 きっと誰にも理解されない。あの時のわたしの心なんて。


 歪んだ心が間違った選択をして、秋くんを傷つけた。夏海を困らせた。わたしはすごくバカなことをしたんだ。



「にゃー」

「アメ、慰めてくれるの?」



 ベッドに寝転がっていたら、飼い猫のアメがお腹に乗ってきた。
 今日も尻尾を手に乗せて、何か構って欲しそうにしている。茶色い耳をピクピクさせて、なぜか首を傾げてる。



「かわいこぶってるの? それとも、また悩み聞いてくれる?」



 過去のこととか秋くんのこととか、わたしの悩みは本当に絶えない。
 どうやっても答えにたどり着かない。そもそも答えなんかなくて、勝手に一人でもがいているのかもしれない。



「あーあ」



 夜も遅い。そろそろ寝なきゃとは思うけど、なかなか寝付けない。


 わたしが連絡することは知っていたはず。それなのに返事が全くない。仕事で疲れているんだろうとか、急な用事でスマホどころじゃないってのはあるかもしれない。


 それでも今日は楽しかったから、一言が欲しかったのに。



「あ。メッセージだ」



 持っていたスマホが震えて通知があったことを知らせる。わたしは慌てて画面にタッチした。


 そこには思っていたのと違う人の名前。夏海だ。
 少しだけがっかり。



"明日なんだけど、少し付き合ってくれない?"



 機械音痴な夏海が珍しくラインを使ってる。絵文字がないところが彼女らしい。
 場所を知らないのか、知ってても使いたがらないのか。まあ、後者の方かな。


 付き合えってどういうことだろう。生徒会で忙しいはずなのに珍しいな。



"一大イベントが控えてるの! 明日は金曜日で次は休みでしょ? だから付き合って。"



 ちょっと待ってよ。その一大イベントって何なのよ。
 一番大事なことを言い忘れてる。本当に夏海らしい。



"彼の誕生日"



 そっか。もうすぐ誕生日ってことで、何かプレゼントを用意したいわけね。


 結局、惚気てくれちゃって。ため息が出るほど幸せオーラがすごいんだから。



「いいよ。付き合ってあげる」



 夏海と出かけるなんて、最近じゃあまりなかったから嬉しい。


 わたしは夏海にメッセージを残して、すぐに布団の中に入った。



 ・・・


「ごめんね雪乃、誘っちゃって」

「いいの。出かけるの久しぶりだし、わたしも何か買いたいから」



 放課後、制服のままバスに乗り込む。
 行き先はひとつ先の停留所。この幸せカップルがよく行くカフェ雑貨屋さんらしい。


 わたしは初めて行く所だから、わくわくとドキドキが混ざって楽しい。


 今度、秋くんを誘ったら……って何を考えてるの、わたし。秋くんとは勉強会の予定立てなきゃなのに遊びに連れ出してどうするのよ。


 勉強に困ってる人を連れ出して、不合格にでもなったらそれこそ責任感じるでしょうに。



「雪乃?」

「あ。えっと今から行くお店、はぴねすだった? どんなところなの?」

「オムライスが美味しいの!」

「わたしが聞きたいのは雑貨の方なんだけど」



 にこっと満面の笑みで言うところ、本当に夏海らしい。


 プレゼントを探しに行くのに、どうしてカフェの方の話をしちゃうかな。
 それ、多分楽しかったデートのことを思い出して言ったんだろうな。そんなものわたしが塗り替えてやる! ちょっとした意地悪くらい許してよね。

「夏海。今日大丈夫?」

「何が?」

「買い物が終わったら、夕飯一緒に食べない?」

「え。雪乃、いいの!?」

「わたしはいつでもオーケーよ」



 そんな会話をしていたらバスのアナウンスが次の停車を伝える。わたしたちは降りる準備をして立ち上がった。



「まずはプレゼント探しね」



 バスを降りると夕方ということもあって少し肌寒い。わたしはバッグに入れていたカーディガンを羽織った。



「ちょっと寒いね」

「夏海。アイス食べるとか言わないでね」

「なぜバレたし!」



 あきれた。寒いってわかっていてアイス食べたくなる神経わからない。
 冬に発売するアイスとかも本当に意味がわからない。まあ、好きだけど。



「風邪ひくよ? これからイベント盛りだくさんで、生徒会長不在とか有り得ないからね」

「大丈夫だって」



 どうしてそう楽観的なのかな。だから憎めないのもあるけど。


 落ち込んだ時、悩みがある時、夏海のそばにいると落ち着く。明るくなれる。
 だから彼氏くんもそんな夏海が好きになったんだろうな。

「夏海は彼氏とどこまでいった?」

「へ? え!?」



 歩きながら聞いてみれば、寒さが吹き飛ぶくらい真っ赤な顔をしている。



「最近、何も教えてくれないじゃない。キスの先は?」

「ゆゆゆゆゆ雪乃、何言ってるの!?」

「どうなのよ」

「今日の雪乃ちょっと意地悪じゃない?」

「ここ最近、相手してくれなかった罰よ」



 停留所から五分。はぴねすと書かれた看板と可愛らしくもお洒落なお店が見えてきた。
 あんな可愛らしいお店に行くなんて、彼氏が出来てから変わったな。


 どっちかといえば夏海はバッティングセンターとかゲームセンター。頑張ってボウリングとかカラオケ。すごく頑張って本屋とかファミレス。



「着いたよ、はぴねす」

「さっきの話は?」

「そそそそそそれは、また今度!」

「今度があればいいけど」



 夏海がドアを開けて中に入る。わたしも開けられたドアを抜けて中へ。思った以上に素敵な場所だ。



「雑貨は二階なの」


 螺旋階段を上っていくとたくさんの雑貨が目に入った。細かい細工のピアスから、テーブルや椅子まである。


 自分のも買っちゃおうかな。



「クローバーのグッズばかりね」

「クローバーをテーマにしたものしか置いてないの。お店のこだわりだって」



 夏海に教えられて見てみれば、本当にクローバーだらけ。一見、普通のグッズだと思って見てもワンポイントにクローバーがある。


 そういえばさっきのテーブルも椅子もクローバーの形だ。すごく可愛い。



「で? 彼氏はどんなのが好きなの?」

「可愛いもの」

「それは逆に迷うわね」



 可愛いものしか置いてない。雑貨屋さんといったらそういうものかな。



「何か欲しいものとか、最近ハマっていることとか、何か情報ないの?」

「あったら誘わないよ」

「聞けばよかったのに」

「え? 誕生日プレゼント何がいいって? 無理だよ、そんなの!」



 純粋な二人だから、こうやって照れているのを見るともどかしくもある。
 だけど相手を想い合える優しい心を知ってるから、わたしは嫌いになれない。二人には幸せになって欲しい。

「まともに聞かないでさ。最近興味あるもの聞いたり、さり気なく持ち物を見て探ってみるとか、いろいろチェック出来るじゃない」

「そんな探偵みたいなこと出来ない!」

「探偵でもないよ。みんな普通に……でも、聞いたわたしがバカだった。夏海にそんな繊細なこと出来なかったね」

「軽くバカにした?」

「どうでしょう」

「雪乃!」



 二人でじゃれ合っていると、後ろから声をかけられた。
 振り向いたらはぴねすの男性店員さんで、にこっとスマイルを返された。



「お困りの様子ですが、何かお探しですか? 出来る範囲でお手伝い致します」

「ありがとうございます。夏海……あ、彼女なんですけど。彼氏への誕生日プレゼントを探していて。可愛いものがいいらしいです」



 まだ拗ね気味の夏海を店員さんにお任せすることにした。こういうのって難しいから、意外と店員さんの方がよく知ってる。


 夏海は店員さんに流されて適当に買うことがないだろうし、大丈夫。


「雪乃、決まった」

「早!! え、わたし必要だった?」

「何かね、名前を入れるサービスがあるらしくてさ。キーホルダー型の時計に彼の名前入れて、プレゼントしようかなって」



 夏海が持っているのはバッグとかに付けられるキーホルダーの時計。ポケットウォッチってやつかな。


 全体が可愛らしいカッパのキャラクター。その手にはクローバー。足元にスペースがあって、そこに名前が入れられそうだ。


 肝心の時計はお腹を開けると出てくる。ものすごく可愛い。



「店員さん、名前って一箇所しか駄目なんですか?」

「そんなことはありません」



 わたしが聞くと、店員さんがすぐに答えてくれる。



「じゃあ、時計の蓋の部分。裏側に名前は入れられますか?」

「……そうですね。こちらでしたら大丈夫です」



 訳が分からないという顔をする夏海。せっかく恋人同士なんだから、絶対にこっちの方が喜ぶはず。



「雪乃、どういうこと?」

「中には夏海の名前を入れるの。その方が素敵でしょ」