「もえは、見えるの?」

「うん」

「姉ちゃん、どんな姿してる?」

弟は懐かしそうな顔を隣の私に向ける。でもやっぱり視線は合わない。

「高校生ぐらいの女の子。水色に羊の模様のパジャマを着てる」

「一番気に入ってたパジャマだ。未だにそれ着てんだ」

弟はそう言って、目に涙をためながら笑った。私はとうとう我慢できなくなって、口を開いた。

「もえさんのことどう思ってるか、ちゃんと伝えなきゃ! どこまで不器用なのよ、いい歳して。幸せになりたくないの? もえさん、ごめん。我慢の限界だった」

もえさんは『いいの、気にしないで』とでも言うように小さく首を振って微笑んだ。

「ああ」

弟は納得したような声を漏らした。そして、もえさんを真っすぐ見つめた。

「もえ……俺、初めて会った時からお前に夢中だった。一目惚れだったんだ。でもふられるのが怖くて、その気持ちを伝えられないまま、ずるずると過ごしてきた。自分に自信もなかったし、幸せにする自信も……。でも死ぬまで大切にするから、これだけは自信もって言える。だから、結婚してくれないか?」

もえさんの両目から、ほろほろと綺麗な雫が流れ落ちる。

「あなたとなら、たとえ不幸のどん底でも、きっと最高に幸せよ」

言って、満面の笑みを浮かべ、両手で涙を拭った。

ああ、よかった。もう弟は、私がそばにいなくても大丈夫。これからは、もえさんがそばにいるから。

ふわっと、まるで大きな手ですくい上げられたように宙に浮いて、私は弟ともえさんを空から見下ろしていた。全身が隅々まで中から綺麗に洗い流されている感覚がし、私の意識の中を、あらゆる記憶が走馬灯のように駆け抜けては消えていく。

とても温かくて心地いい時間が流れた。

弟ともえさんの声が遠くに聞こえる。やがて、それが誰の声かもわからなくなった。

「あっ」

「姉ちゃんがどうかした?」

「今、これぐらいの光になって空に浮かんだ」

「成仏した?」

「成仏するところ……かな?」

「きっと俺のせいで成仏できなかったんだよな」

「あっ」

「今度は何?」

「その光が、ここに入った」

「もえのお腹に?」

「うん」

「やだよ、俺たち姉ちゃん育てんのかよ? 勘弁してくれよ」


ああ、液体の中でふわふわして、なんだかとっても気持ちいい。

私は……私は……誰かしら?

2024.6.9 Fin.