僕は放心状態のままベッドに倒れ込む。ギシリと古びた音がして、現実に引き戻される。
今から、那音がここにやってくるのだ。数分後、那音に怒られている自分の姿が容易に想像できてしまい、溜息が出た。安堵が含まれた息は、ほんの少しだけ軽くなった心の晴れやかさの表れだった。
数分後、本当に鳴ったインターフォンに僕は心臓を跳ねさせながら慌てて階段をかけ下りる。深呼吸をし、覚悟を決めて玄関の扉を開ける。そこには額にうっすら汗をかき、無表情のまま立ち尽くす那音の姿があった。
走ってきたのだろうか。
僕は懐かしい親友の姿に安堵を抱きながらも、緊張で生唾をのむ。
「久しぶり」
そう声をかけるのが僕の精一杯だった。
母は入浴中で、突然の訪問者に気がついていない。シャワーの流れる音を遠くで聞きながら、僕は那音に精一杯の笑顔を向けた。
「とりあえず、入れよ。玄関で話すのもあれだろ?」
「ああ」
僕は那音の反応をうかがうようにチラチラと視線を向ける。何度目かで目が合い、僕は慌てて那音にスリッパを用意する。
普段はそんなこと、絶対にしないくせに。
那音はなにも言わず、僕の後ろをついて歩く。那音を自室まで案内し、扉を閉めたところで僕はガックリと肩を落とし、言った。
「ごめん。今まで黙ってて」
気まずさで面と向かって那音と顔を合わせることができない僕。見たことがない那音の一面に、僕は正直戸惑っていた。まるで別人を相手にしているかのような気分だ。
「蓮、顔上げろ」
「え、なに「このバカ!」
那音の怒声に僕は驚きながら顔を上げる。次の瞬間、鈍い音がして、僕の頬にじんわ
りと痛みが広がっていく。それが那音に殴られた痛みだと分かると、途端に悲しくなった。
もう、なにもかも終わりだ。