奏海の覚悟も……
 おやじさんの辛さも……
 野々村の悔しさも……
 俺の祈りも……
 黒い波は、あっけなく飲み込んでしまった。


 夏の初めの激しい嵐が去ると同時に、梨夏さんは目を閉じた。


 俺は、奏海が泣きわめくのか、もしくはぶっ倒れるんじゃいかと思っていた。


 だけど、奏海は……

 梨夏さんの手を握ったまま動かないおやじさんを、立ったまま呆然と見ていた。
 騒ぐわけでも、泣くわけでもなく……

 だが、その手が微かに震えていて、奏海の悲しみの深さが思っていたもの以上なんだと思い知った。


 俺は、奏美の震える手をそっと握った。
 冷たくなった手は、俺が握った事も気付かないであろう……


 俺は、奏海の震える手に、泣きわめいてくれた方がどれだけ良かったかと思った。

 奏海の笑顔が消えてしまう……
 いや、奏海の感情まで消えてしまうじゃないかと思った。

 あの、激しい嵐は全てを奪って行った。


 奏海は、あの日から嵐を怯えるようになった……

 そして、店中に響く笑い声が消えた……