しばらく父は目を閉じて何かを考えているようだった。父にしてみても、俺の言葉は意外であったのだろう…… 
 俺が遊び人であった事も当然父は知っている。

「海里」

「はい」

 俺は姿勢を正した。

「志賀の名が無くこの会社で働く事は、お前にとってかなり厳しい道だぞ。覚悟はあるのか?」

「はい。勿論です」

 俺は、父の目をしっかりと見て言った。


「分かった。二年やる。その間に、志賀の名を皆が認めるような成果を出せ。それが出来なければ、幹部になる事は無いと思え」

 それは、父にとっても覚悟を決めた決断だったと思う。俺が出来る人間かどうかを、会社全体が見極める事になるのだから……
 ダメだと思われたら、俺に付く人間は誰もいないだろう?

「分かりました」

 俺は、背筋を伸ばし深く頭を下げた。

 父は、ふう―っと大きなため息をついた。


 俺がリビングから出ると、兄貴が後を追い掛けて来た。


「海里、しばらく会わないうちになんか変わったな?」

「そうか?」

 変わったと言われた事に、こころなしか嬉しかった。


「おう、えらく黒いが何処で焼いてたんだ? ハワイか?」

 俺は、がっくりとこけそうになった。


「そこかよ? 日本だよ……」


 兄貴とは特に中の良かった訳では無いが、昔から時々、抜けてるというか天然なとこがあり、俺も巻き込まれたが事が何度もある。でも、父に似て頭の切れるやり手である事は間違いない。


「父さん、嬉しそうだったな……」


「は? どこが?」


「そうだな、お前には分からんよ」

 そう言って、兄貴は面白そうに笑った。


「なんだよそれ」

 俺には、意味が良く分からず兄貴を睨んだ。


「そうだ! 本社の受付の真鍋瑠璃には絶対に手を出すなよ!」

 珍しく兄貴の声が荒かった。

「知らねぇよ。手なんか出す訳ないだろう」

 そう返しながら、遊び人の兄貴が女の名をするは始めてだと思った。
 ケッ、本気って奴か? そう思って突っ込もうとしたのに……


「お前、惚れた女がいるんだろ?」
 
 兄貴の方が口を開くのが一歩早かった。


「はっ? 何言ってんの?」

 俺は、平静を装って言ったが、兄貴の言葉に浮かんだのは、もちろん奏海だった。

「あはははっ。お前をここまでにするなんてよっぽどの女だな。大事にしろよ!」

 兄貴は俺の肩をガシッと叩いて行ってしまった。


 はあ―っと、大きくため息をついた。
 だが、実家にいるとは思えない清々しい気分だった。
 それも、きっとあの家族の力なのだろうと思いながら、目に浮かぶのは奏海の嬉しそうな笑顔だった。