俺は、久しぶりに実家へと戻った。勿論、呼びだれたからだが……
 俺は、手にした土産の箱を母親に何も言わず渡した。母親の驚いた顔に、俺の方が驚いて顔を顰めた。

 リビングのドアを開けると、すでに父親はソファーに座り水割りを口にしていた。兄貴も向かいに座り水割りを手にしている。

 まあ、俺の就職話など飲みながらでも十分なのだろう……

「海里、そろそろ仕事の準備に入って欲しい。研修も兼ねて役員への挨拶周りもある。学生気分を切り替えてもらわんとな」

 父は、けして命令的では無かったが、当然の事のように段取り始めようとしていた。


「父さん…… お願いがあるんです」


「なんだ? まさか、就職しないとでも言うんじゃないだろうな? いつまでも遊ばせておくわけにはいかんぞ」

 父の顔が少々険しくなった。
 兄貴も、不安そうに俺に目を向けた。


「いえ、志賀グループに就職したいと思ってます。でも、一般入社で……」

「どういう事だ?」

 話を聞こうとしてくれる事に少し驚いた。頭から相手にされないと思っていたから……

「一般の新入社員として入社したいんです。まずは、現場から厳しい経験を積みたいんです。俺にはまだ、人の上に立つ力はありません」


「うむ―。だが、会社を背負う人間としての立場で学ばなきゃならん事もあるのだぞ」


「はい、勿論承知してます。でも現場の事をしっかり理解していないと、誰も付いては来ないと思うんです。特に俺みたいな人間には……」

 俺は、拳をギュッと握って言った。


「だが、志賀の人間だと分からずに働く事は難しいぞ……」

 父が腕を組んで難しそうに顔を顰めた。俺の意見を聞いて考える父の姿など初めてみた。

「母さんの実家の、桐嶋の名を使えばどう? それにまだ、海里の顔を知る人間は社には居ないでしょう?」

 思いも寄らず兄貴が助け舟を出してくれた。