それから、俺は大学の合間を縫っては、この店に来ていた。

 まだ、本格的な夏は始まっていないが、土日になると海岸にも人の影が増え始めていた。マリンスポーツの予約も入っているようで、俺は見よう見まねで道具を洗ったり、準備をしたりと、邪魔にならないよう手を出していた。

 昼の忙しい時間は、キッチンに入る事もあった。始めは、慣れない皿洗いに、奏海や梨夏さんに大笑いされた。仕方ない、皿の洗い方が分からなかったのだから。


 ダイビングの予約が立て続けに入り、慌ただしくおやじさんが動きだした。

「海里! ホテルまで客を迎えに行ってくれ!」

「えっ?」

 初めてだった。おやじさんが俺に指示を出したのは…… 
 俺は、いつも、勝手に出来そうな事を見つけては手伝っていただけだ。

「行けるのか?」

 おやじさんは、怪訝な顔で俺を見た。

「あ、はい」

 俺の返事と同時に、おやじさんがダイブショップの名の入った黒いTシャツを投げてきた。


「ホテルには、お前が行くと行っておくから。それ着てりゃあ分かるだろう」


俺は、慌てて着替えると、バインダーに挟まれた予約表を持ってホテルへと向った。

 ホテルまでは、徒歩三分。俺の着ているTシャツで、ビーチカウンターの姉ちゃんは直ぐに分かったらしく手を上げた。


 体験ダイビングの5名の女性客を連れて、ダイブショップへと歩いた。


「体験ダイビング初めてなんです。怖いですか」

 客の一人が言った。多分大学生だろう?


「大丈夫ですよ。今日は波も無いし、天気もいいから綺麗に見えますよ」

 接客というものが出来る事に自分で感動した。


 客の女性達が、後ろでコソコソ話している。カッコいい―と、声が漏れてる。悪い気はしないが、昔のようにナンパしようなんて考えは起きなかった。


 ダイブショップの扉を開けると、勇太が講習の準備をしていた。
 さすがに5人は、おやじさん一人じゃ無理だ。

 勇太は、インストラクターの資格を持っているらしく、慣れた手つきとトークで、講習を始めだした。俺は、その姿を横目に、ウエットスーツのサイズ確認を始めた。


 講習が終わると、ウエットスーツに着替えた彼女達が海岸へ向かう。


「海里! お前も来い!」


「あ、はい!」

 俺は、取りあえず自分のウエットスーツを手にし、皆の後を追った。