「あっ……」

俺の声が漏れた。


「酔って波に乗るなんて最低。しかも、こんな嵐に……」

彼女の声は震えていた。


「ご、ごめん……」

なぜか俺は謝っていた。人になんて謝った事のない俺が……


「死んじゃうかと思った……」

そう言うと、彼女は涙を拭い立ち去って行った。

その後ろを追うように立ち上がったのは勇太だった。勇太は俺をチラリと見たが、何も言わず行ってしまった。

俺は、この状況を把握するのに頭の中を整理するのが精いっぱいだった。


「謝らんぞ」

そのおっさんは言った。


「えっ?」


「殴ったのは俺の娘だが、お前が悪い。本当に死ぬところだったぞ……」

 おっさんは、相変わらず険しい声で言った。


「……。死んでも良かったのかもしれない……」

 俺の口からは、そんな言葉が漏れていた。
 どうして、そんな言葉が出たのか自分でも分からない。でも、心のどっかで今の自分を消してしまいたいと思ったのかもしれない。

 そんな風に思った自分も、今までふざけて生きてきた自分も、今はただただ情けないだけだった。


「そうか…… 助けて悪かったな……  だったら、別のとこで死んでくれ。海を汚さないでくれ。いい迷惑だ!」

 おっさんの怒鳴るわけでもないが低い声に、又俺はビクッとなった。俺、今まで誰かに怒られた事があったのだろうか?


 彼女は、本気で見ず知らずの俺を心配してくれたんだ。今になって、ジンジンとする頬に、俺の目から落ちた雫が沁みた。


 なんだか、初めて人の気持ちに触れた気がした。


 立ち上がったおっさんの、Tシャツがびしょ濡れな事に、改めてこの人が俺を助けてくれたんだと実感した。多分、勇太もだろう…… 立ち去る時、あいつの髪から水が滴っていた。


 急にポツポツと俺の頬に、水が当たりだした。雨が降ってきたみたいだ。それでも、俺は動けずにいる。


 すると、頭の上からほわっと白いものが被さってきた。震える手で触り、タオルだという事に気付いた。

「早く入ってらっしゃい。波が高くなってくるわよ」

 綺麗な声が頭の上でして、ゆっくり顔を上げた。

 そこには、彼女によく似た綺麗な女性が、傘を差しほほ笑んでいた。