あの海岸に着いたが、ほとんど人が居ない。
 誰かが、台風が近づいてると言ってたのを思い出した。確かに波も高い。
 だけど俺は、この波に乗ればあの時の気持ち良さを感じられると思い込んでいた。


 車からサーフボードを下ろしていると、後ろから消え入るような小さな声がした。


「海里さん、波荒いですよ。大丈夫ですか?」

 運転して来た後輩が小さくなって立っていた。

「うるせぇ」

 俺は、そんな心配の言葉すら気づかない人間だった。
 それに、俺に意見をする奴はこの世に居ない。これ以上こいつも何も言わないと思い、ボードを抱え海岸へと降りた。


「気を付けて下さい!」

 思いもよらない背後からの張りつめた声に一瞬立ち止まったが、俺はそのまま海へと向った。


 確かに海は荒れ始めていたが、怖いとは思わなかった。
 海の中へと進み、波が来るのを待つ。きっとまた、あの時の解放感になるはずだ。

 意識はハッキリしていても、時々自分の酒臭さが鼻をかすめる。

 今だ! と思った瞬間ボードの上に立ち上がった。


 うわー、気持ちいい、
 と、思うはずだったのに、直ぐ次にやってきた大きな波に、俺の体は飲み込まれていた。

 直ぐに上にあがろうとするが、思うように体が動かない。

 やべ、酔いが回ってる。


 そのうち息が苦しくなり、もがきだしたがどうにもならない。

 徐々に薄れて行く記憶の中に、彼女の波にのる凛々しい姿が浮かんだ。


 やばい、本当にダメかもな……