私の好みはクズなんだってば。

いつも通り適当に授業を聞き流し、終わった瞬間に講義室を飛び出して道場へと走る。今日は飲み会もあるし、テンション高いからきっとキレのある剣道ができるだろう。間違いない。

信号に遮られてぼーっとスマホの待受画面を見ていると、後ろから頭を小突かれた。いてっ、と小さく叫んで後ろを振り返ると、同じく剣道部の柳が「めーん」と面打ちのジェスチャーでスポドリのペットボトルを構えていた。

「なんだよーいたいなもー!」

「注意散漫、背後をとられるなんて武士の風上にもおけんなぁ?」

「いや武士じゃねーし、一介のスポーツマンだしー。柳こそ背後から狙うとかスポーツマンシップがなってなーい!」

騒ぎながら道場へ向かうと、先に着いていた部員はもう着替えて正座していて部長にちょっぴり叱られた。全部悪いのは柳である。

そこからの私はもうノリノリで、暴れに暴れてここ最近で1番のキレを見せた。

「飲み会とか、そういう時だけやる気出すよなお前。いつもそのやる気があれば強いのに」

「人にはテンションの緩急ってもんがあるでしょー、ってわけでお先!行ってくるわ」

「まーた飲みすぎて潰れんなよー」

「へいへい、わかってますって!」

稽古が終わって秒速で支度をした私は、新たな戦場へと駆け出した。
「よかったー、間に合った。里崎も実咲もまだ来てないか」

どうやら私が一番乗りだったらしい。暇なのでTwitterでも見るかとスマホを取り出し眺めていると、「笠原さん?」と誰かに呼びかけられた。反射的に顔を上げると、陸上部の王子様がこちらに歩いてくるのが見える。

「…なんで寒川がこんな所に。」

「里崎に誘われて。笠原さんも来るんだよね?」

「え、ええまあ…」

「よろしく、あんまり喋ったことないけど」

笑顔で手を差し出される。よく分からないままにとりあえず握手をする。寒川が来るとなれば、まぁ実咲は喜ぶだろう。ていうかもう私は放ったらかしにされそうだ。なんだその飲み会。後で里崎をしばこう。

寒川とふたりで特に話すことも無く気まずく待っていると、やっと部活が終わったのか里崎が走ってきた。

「2人とも待たせてすまん、実咲には先店行って貰ってる」

「そうか、了解。じゃあ行こうか」

「そ、そだね」

里崎を引っ張って耳元に口を寄せる。

「里崎、寒川が来るとか聞いてないんだけど」

「イケメン二人連れて飲むとか豪華だろ?そう文句言うなよ」

「いや私寒川とそんな喋ったことないし、てか今お前自分のことイケメンって言ったなうざ!」

「事実だろ」

こそこそと里崎と言い合いを続けている間に店に着く。ドアを開けると実咲がこっちを向いて笑顔で「凛ー!こっちー!」と叫んでいたが、後ろに続く寒川に気付くと顔を赤らめて急にしおらしくなった。

席に近づくと実咲に小声で「ちょっと凛、どういうことか説明説明!!!」と問い詰められるが、どういうことも何も私もよくわかってない。

ドリンクが運ばれてきて、里崎がグラスを持つ。

「今日は何となく寒川と喋ってたら連れてくる流れになりましたー、まぁ細かいことは気にせず飲め!乾杯!」

こうしてこのいつもとすこし違う飲み会が幕を開けたのである。
「寒川くんって彼女おらんの?こんなイケメンやのに!」

「いやいやそんなことないよ、唐橋さんこそ美人」

「またまた、イケメンのお世辞はキツイからやめてー」

盛り上がる実咲と寒川を横目にカクテルを煽る。今日は実咲を寒川に取られっぱなしだ。面白くない。

「里崎、なんで寒川連れてきたの」

「あの後たまたま寒川と喋ってさ、今日飲みに行くけど来る?って聞いたら暇だって言うから連れてきた」

「ふーん。そ。」

「なんでそんな不貞腐れてんだよ、飲む相手が俺じゃ不満か?」

「そんなこと言ってないじゃん。なんだか実咲が取られちゃったみたいで面白くないの」

「いつもは俺が実咲に取られてばっかで面白くないっての」

「は?なにそれ」

「いやこっちの話。てかグラス空だし、なんか頼むか?」

んーー、と唸りながらスマホの画面に並ぶお酒を吟味する。甘いのが飲みたくなって、お気に入りのやつをオーダーする。

「お待たせしました、セックスオンザビーチで」

「出たエッロい名前の酒。お前好きだな」

「だって名前とか置いといて普通に美味しいじゃん?面と向かって頼まないといけないバーだと頼みづらいけどさ」

「スマホ注文に甘えんな」

「へへ、まぁいーの。里崎かんぱーい」

「乾杯」

ふたりで一気に飲み干す。甘いお酒はむせそうになるが疲れている時にはちょうどいい。

「ね、里崎」

「何」

「寒川呼んだのって実咲の為?」

「……さぁ、かもな」

「なによー、昼の話バッチリ聞いてたんだ。盗み聞きとかやらしー」

「男と一緒に飲んでる時にセックスオンザビーチ頼むやつの方がよっぽどやらしーわ」

苦笑しながら新しいお酒を頼む里崎。私もなにか頼もうかとスマホの画面を開こうとすると、「お前の分も頼むわ」と遮られる。

「お待たせしました、ライラふたつ」

「なにこれ、初めて見た。何ベース?」

「ウォッカ」

「へーーー、おいしそ」

視線を感じてふと横を見ると実咲がこちらをニヤニヤと見ている。なにあいつ気持ち悪い。里崎もそう思ったらしく「なんだよ実咲、キモいぞ」と目を細めて言う。

「ライラってまた、回りくどいなあんた」

「うっせえ、黙ってろ。ていうか寒川は?」

「さっき電話かかってきたみたいで今外でてる。」

確かに店のドアのガラスに人の影が映っている。バイト先からだろうか。

「寒川が用事で帰ってくれたら実咲とおしゃべりして飲めるのになーーーー」

そんな失礼なことを言いながらライラを1口。ウォッカがきついが爽やかな味がする。おいし、と小さく呟くと里崎が満足気に笑う。こいつのおすすめのカクテルはいつだって美味しい。好みを完全に把握されてしまっているみたいだ。
スマホが小さく震える。画面を見ると実咲からだ。

『今、君を想う』なんて、回りくどいことしてないでちゃんと言えば?

そんなことはわかっている。わかってはいるがこの立ち位置に甘んじてしまっている。
あいつの好みは知ってる。酒も、男も。
だから俺はあいつの好みの酒で回りくどく伝わらない思いを伝えて、あいつ好みのクズになろうと遊んでみたりした。

でも結局俺はクズにはなりきれないらしく、中途半端にチャラいまま、あいつの好みになれないでいる。

わざわざそんなことしなくても、ちゃんといえば案外伝わるんじゃない?と実咲は言うが。どうしたってその勇気は出ない。

面と向かって「里崎は飲み友達っていうか、いい悪友っていうかー、彼氏とかそういうんじゃないんだよなー」なんて、しょっちゅうあの鈍感野郎には言われていることだ。その痛みには、もう慣れっこだ。

飲み友達でも悪友でもなんでもいい。
今は隣にいれればそれでいい。
ごめんあたしちょっとトイレー、と実咲が席を立つ。それと入れ替わりに寒川が電話を終えて戻ってきた。

「寒川、バイト先から電話か?」

「うん、ちょっとね。まぁ大したことないから安心して」

「了解、なんか飲むか?」

「今みんなグラス空いてるのか、じゃあちょっとここらでショットとかどう?」

「お!よきよき!やろーよ」

「またお前は弱いくせにそーやって調子に乗る」

腕まくりをしてノリノリの私の頭を里崎苦笑しながらが小突く。そう言いつつもスマホにはショット×4の注文画面が。

「やった、ありがと里崎ぃー」

冗談で抱きつくと、焦ったように「ちょっ、離れろお前…」と突き放す。

「なになに、いつもなら「今日は妙に素直だな、この後ホテルでも行くか?」とかふざけて言うくせにー。ノリ悪いなー」

ふくれっ面で脇をくすぐる。やめろお前、と言いながらも必死で耐える里崎をさらにくすぐる。いつものお返しだ。

「仲いいな、里崎と笠原さんって付き合ってるんだ?」

じゃれあっていたら、突然寒川から爆弾が投下された。

「いっ、いやいや!?付き合ってないよ!里崎遊び人だし、飲み友達!!悪友ってやつ!!!ね、里崎!」

急いで里崎の顔を見て同意を求めると、一瞬すこし顔が陰る。が、見間違いだったのかすぐにニヤニヤとした笑みを浮かべる。まずいこれは私をいじめようとしているぞ。

「こないだはあんなにいい声で鳴いてたのにそんなこと言うか?悪い女だな」

「はあああ!?違う、えっとこれは里崎の冗談だから真に受けないで寒川!」

そのやり取りを聞いて寒川がふふっと上品に笑う。

「とりあえずすごく仲良しなのは分かったよ。里崎もあんまり笠原さんいじめてやるなよ」

「いじめがいがあるのが悪い」

「いや理不尽でしょ!!」

ふてくされていると実咲が戻ってきて、それと同時にショットも到着した。ふてくされた私は乾杯を待たずにショットグラスを1つ掴んで一気に煽る。

「あーもう、凛せっかち。里崎また凛怒らせたの?」

「勝手に拗ねてる」

「……」

じゃあ拗ねてるお子ちゃまは置いといて残りのみんなでカンパーイ!と実咲がショットグラスを掲げ、テーブルにガラスのぶつかる小気味のいい音が響いた。
拗ねながらスマホで適当に3杯ほどオーダーする。ペースを上げて飲んでいると里崎が心配そうにこっちを見る。だが私は怒っているのでもちろんその視線は無視して黙々とグラスを傾ける。

「お前無理してない?」

「……」

「なぁ、おい。」

「……実咲、それちょーだい」

「はぁ。もう知らんぞ。」

なんだか頭がクラクラしてくる。ショートのカクテルを沢山飲んだせいだろうか。少しぼーっとする。

ちょっとトイレ、と立ち上がろうとすると完全に足が砕けて崩れ落ちる。

「まて、付き添う」

「…いい」

「ワガママ言うな、掴まれ」

「やだ」

「里崎、俺が変わるよ」

「……すまん寒川、頼む」

寒川が、肩を貸してくれるのが分かる。半ば引きずられるようにトイレへと歩く。こんなに飲む予定じゃなかったんだけどなぁ。

「ごめん寒川、迷惑かけて」

「いいよ、落ち着いたら出ておいで」

30分ほどだろうか。少し落ち着いてきて歩けるようになったところで個室から出る。鏡にはなかなかひどい顔の私が映っている。明らかに飲みすぎだ。

外に出るとまだ寒川が待ってくれていた。

「待っててくれてたんだ、ごめん」

「いやいいよ、顔色悪いね。今日はもう帰る?」

「うん、そうする。ごめん、初めて話すのに迷惑かけたわ」

「気にしないで、心配だし家まで送ろうか?」

「ありがとう、でもいいよ。もうだいぶマシになったから1人で帰れる」

「そう?わかった。気をつけて」

ふらつきながら店を出る。家まではそう距離はないし、ゆっくり帰れば大丈夫だろう。
「里崎、笠原さん帰るって」

「おう……ってか待て?お前1人で帰したのか!?」

「1人で帰れるって、笠原さんが」

さすがに今の状態のあいつを1人にはしておけない。急いで立ち上がり店のドアを開ける。

「すまん俺先帰るわ、お前らだけで飲んどいて!金は明日払う!!」
里崎が飛び出して行った。「金は明日!!」と叫んでいたがあいつは明日が土曜日で大学がないことまで頭から吹っ飛んでしまったみたいだ。呆れ顔でカシオレを傾ける。

「里崎、よっぽど笠原さんのこと好きなんだね」

「見ててイライラするよね、ほんとに。さっさと告って付き合えばいいのに」

そうだねと微笑んで寒川くんもお酒を口にする。彼は結構強いお酒が好きみたいだ。あたしのカシオレとはきっと比べ物にならないレベルの度数なんだろう。

「寒川くんのそのお酒って美味しい?」

「ん?うーんまぁ。俺は美味しいと思うけど、唐橋さんの口には合わないかも」

一口飲んでみる?とグラスを差し出される。間接キスだ、なんて心が浮き立つような歳でもないのにすこし心臓が跳ねる。

じゃあ一口だけ、とグラスを受け取って口をつける。唇がすこしピリッとして喉を熱い液体が通り抜ける。少しきつくて咳き込むと寒川くんが背中を撫でてくれた。

「きつっ、よく飲むねこんなに強いの」

「男は酒に強くないとモテないかなって」

「いや、寒川くんくらいイケメンならお酒に強かろーが弱かろーが関係なくモテるでしょ」

お世辞でも嬉しいな、と困ったように笑う。やっぱり綺麗な顔だ。

「里崎が寒川くん呼んでくれてよかった。どうせ私を凛から引き剥がすためだったんだろうけど」

「俺も、餌にされてよかったよ。ちゃんと食いついてくれたし」

上品な笑顔が、すこし意地悪に歪む。そのギャップすら見惚れてしまって危ない。

このままだとどうにかなってしまいそうだと思い、もうお開きにしようと切り出す。伝票を見ようとすると寒川くんに奪われて、あとで里崎にも払わせとくからと全額奢られてしまった。イケメンはそういう所もスマートだ。

「凛と違って私の家は隣の通りだし、送らなくてもいいからね」

「また里崎が怒るかもしれないし、送るよ」

「里崎は私の事じゃ怒んないよ」

ここにいない2人をからかって微笑み合う。じゃあお願いします、と素直に家まで送ってもらうことにした。
じゃあまた明日、と手を振る私に、明日は休みだよと既視感のある挨拶をして去っていく後ろ姿をしばらく眺めていた。
急いで店を飛び出したはいいものの、少し時間差があったせいか凛の姿はない。何度か潰れたあいつを運んだから家までの道はわかる。記憶を頼りにネオン街を走り抜ける。

「離して!」

凛の声だ。遠くに酔っ払ったサラリーマンに絡まれている凛を見つけ急いで駆け寄る。

「オッサン、こいつ離してくれん?俺の連れなんだわ」

「…っ、里崎」

「行くぞ」

凛の手を引き家へと向かう。ここからだと俺の家の方が近い。

「ちょっと里崎!どこ行くの!!」

「俺んち。ちょっと黙ってついてこい」

なにそれ、と文句を言いたげな凛を引き摺って家までつれてくる。やってることはさっきのオッサンと変わらないかもしれない。下心だって、本当はあのオッサンと同じくらいあるんだろう。
でも、それは隠さないといけないものだ。こいつとずっと一緒にいるために。

「助けてくれたのはありがとう、でもちゃんと振り切って帰れたし」

「馬鹿野郎、お前も女だぞ。酔っ払ってフラフラしてんのにあんな危ない通り1人で歩くな!」

俺の剣幕にすこし怯えた顔をする凛。ごめん、と小声でつぶやく。違う、そういう顔をさせたいんじゃない。

「……言い過ぎた。心配した、俺のせいで1人で拗ねて潰れたのに、フラフラのまま帰ったって寒川に聞いて焦った。」

耐えきれず凛を抱きしめる。ダメだ、そういうことをすると戻れなくなるのに。里崎?と震える声がすぐそばで鼓膜を揺らす。あぁ、心地いい。自分に必死でブレーキを掛けて、腕を解く。

「頼むから、危険なことしないでくれ。俺の心臓がもたないから」

正面から真っ直ぐ凛の目を見つめて、言い聞かせるように言う。家まで送る、という俺の申し出を凛は断らなかった。