強く腕を引かれ、走る。
周りの人達はそんな私達を何事かと目を開き視界に入れた後、スッと当然のように道を開けた。
琉聖や悠真、佑衣が新の事を知らなかった所を見るに、彼はあまり表立って黒雅のトップだと知られていないはずだ。
それなのにも関わらず、こうして周りの人々が当然のように道を開けるのを見ると、やはり族のトップ特有のオーラという物があるのかもしれない。
「ちょっと!いきなり何ですか!?」
素早く走る足を止める事無く私の腕を引く新は、背後ではぁはぁと息を切らす私を楽しそうに見つめてくるばかりで答える気は無さそうだ。
だけど5分ほど走った頃、路地裏でピタリと足を止めた新は
「あー、やっと巻けた」と口にしながら、私の腕をパッと離すとこちらへと振り返りゆるりと口角を上げる
「君、シルバーナイトの下っ端に見張られてるの気が付いてた?」
「へ?見張られてる?」
「ふはっ、今頃あいつら大騒ぎだろうな、知らない男に君が連れて行かれたって。まぁ下っ端には俺が黒雅のトップってバレてねぇからただのナンパとでも思ってるかもしれねぇけど」
「見張られてるってどういうこと?」
「そのまんまの意味だよ」
いやいや、そのまんまの意味と言われても全く分からない。だって私何で見張られてるの?
登下校はちゃんと聖とするって伝えたし、なんなら悠真はその登下校の相手が男だって分かっているはずだ。
「君がはアイツらと縁を切ったつもりかもしれねぇけど、あっちは違うってことだろ」
そんな訳ない…だってこの2週間一度も私は彼等に合わなかったのだ。彼等だって私の学校も家も知っているのだから会おうと思えば会えたはずなのに、それでも皆んなと会うことは無かった。
「何で…」
「だから言ったろ、過保護だって」
いや、でもたとしたら…彼等が優しくて優しくて仕方無いのは知ってる。でもそれなら今私は新とここにいるのはどう考えてもマズイ。
いや、そもそも何で彼が私をここまで引っ張って来たのか謎だけど…
とにかく、新と今こうしているのはどう考えてもダメだってことは分かる。
またシルバーナイトの皆んなに迷惑をかけてしまう。
この人がそこまで悪い人じゃないのは分かってるけど…
でも知り合って間もない人だ。腹の奥底では何を考えたいるのかなんて分からないし…本当に私を引っ張って来た理由が不明すぎる。
何を考えているのか分からない人間など腐るほど見てきた。
表では笑顔を向けて、腹の中ではそれはそれは真っ黒な感情を抱えている人達なんて腐るほどいる。
だって私は知っている。
善悪も分からず人を傷つける人達を。
人のことを対して知りもしないで、まるでそれが正義みたいに汚いと言葉をつらつらと並べてくる人達を。
「とりあえず、無事下っ端も巻けたことだし行こうか」
「…どこに?」
というか何で貴方と何処かに行かないといけないんだ…
「デート」
「はい?」
「知りたくない?梓と朱音の関係」
ニヤリと口角を上げ垂れた瞳をそっと細める。
その表情からは、一体何を考えているのかなんて検討も付かなくて…
「教えてあげる、君が知りたいこと全部」
…私の知りたいこと全部。
それはもちろん知りたい。だって私は梓が好きなんだ。どうしようもないほどに。
知りたくないはずがない。彼と、朱音さんの関係…そしてこの男との関係。
だけどそれを梓の知らないところで、勝手に聞いても良いのかとももちろん思う。
そんなの当然だ。自分の話を他人がベラベラ喋っていて不快だと思わない人の方が少ないだろうから…
でも、それでも…やっぱり知りたくなってしまう私は可笑しいのだろうか。
「どうする、行く?辞めとく?」
なんて意地悪でズルイ質問なんだろうか。
「でも貴方といるところを、シルバーナイトの人に見られてたんでしょ?それなのに貴方と一緒にいられるわけないじゃないですか」
「平気、あいつら俺のこと知らないから。それに俺達が挨拶してたの見てたし、君が無理矢理攫われたとは思わなかったはずだから」
「…でも」
「それに言っただろ、君が気になるんだよ」
次に腕を引かれた時には、今度は拒否が出来なかった。
何故なら…思っていたよりもずっと、新が私の手を優しく握ったからかもしれない。
そして何より…梓と朱音さんの事を知りたいと…そう思ってしまったかもしれない。
新に連れて来られたのは、裏路地に入った所にある小さな喫茶店だった。
それは、彼が選ぶには何だかとても意外で…古びた焦茶色の木製のドアをギィーっと開け店内へと入る。
カランカランと小さな鈴の音を響かせたドアがパタンと閉まり、中にいた店員さんが私達に気が付くと「二人で」と言った私と新を奥の席へと案内してくれる。
「…ここよく来るんですか?」
「ん、まぁたまに」
初見にしては慣れた様子で店内に入っていくものだからそう聞けば、メニュー表を私へと手渡しながら新は頬杖を付く。
「意外ですね」
「何が?」
「カフェとか来なそうなのに」
「一人の時間が好きなんだよ、静かな場所も好きだし」
なるほど…だからこのお店なのか。
今時のお洒落なカフェとは違い、ここは落ち着いていて何だか安らかな気持ちになる。
癒し空間というか、穏やかな空間というか。
「で、何が聞きたい?」
注文したストレートティーが目の前に置かれてしばらくした頃、口を開いた新はブラックコーヒーを一口飲むと私をにっこりと見つめた。
「…そんなこといきなり聞かれても」
「聞きたいことがあったから付いて来ただろ?梓と朱音のこと」
そこまで分かっているのならば、何故そんな意地悪な笑みを見せるのだろうか。
「アイツら幼馴染なんだよ」
「…幼馴染」
「そんで俺は朱音の義理の兄妹」
「えっ」
「つまり俺も梓の幼馴染だ」
全く予想もしていなかったことに思わず目を見開く。梓と朱音さんが幼馴染だってことは納得だが、この人がまさか朱音さんの義理の兄妹で梓の幼馴染だったなんて。
だってこの人は黒雅の総長だ…
なんかそれって、周りに知れたらとんでもなくややこしい関係なんじゃ…
それに何で幼馴染にのに敵対しているの…
何故この人が私にこんな話をしてくるのか…全く真意が読めない。
「昔は俺達3人仲が良かった。それが変わったのは中学に上がってからだ。朱音が梓を好きになって、そこから全てが狂った」
「……狂った?」
「朱音は酷く梓に執着していった。まぁ義理とはいえ家族の俺ですら引くくらいに。だけどまぁ梓はあの通り女一人に振り回されるようなタイプじゃないからな、朱音はいつも不満そうだったよ」
「………」
「梓がシルバーナイトに入ってからはその執着もさらに強くなっていった。何でかわかるか?」
分からない。分かるはずがない。
私はどんなに梓にが好きでも…きっと酷く執着するなんていう選択をしないからだ。
「梓にとって大切なモノが出来たからだ。シルバーナイトっていう大切なチームが。今まで何にも興味を示さなかったアイツが、シルバーナイトには違った。朱音はそれが許せなかったんだ」
「…なに、それ…」
「自分はどんなに頑張っても梓にとって特別な存在になれなかったのに、シルバーナイトを大切にしてる事が許せなかったんだろ」
「そんな時に最悪な事が起こった。シルバーナイト次期総長だと言われていた梓に関係のある朱音が狙われた。黒雅の傘下に」
「…え、黒雅ってあなたのチームじゃないですか」
「あぁ、そうだでもそれは俺が入る前の黒雅だ。君も言ってただろ、黒雅はろくでもねェチームだって。その通りだよ、こうして関係の無い人間を巻き込むくらい腐ったチームだ」
「狙われたって、朱音さんは大丈夫だったんですか」
嫌な汗が垂れる。女性を狙うなど、そんな事あってはならないはずなのに。次期総長と関わりがあるからといって朱音さんを狙ってくるなんて…
でもそれは今だって同じだ。今も私や朱音さんは黒雅に狙われている。
そもそも何で…義理の兄であるこの人が黒雅のトップなのに朱音さんが狙われるのか意味が分からない。
「朱音はすぐに見つかった。だけどその時抵抗した事によって足に大きな傷が出来た、消えない傷が。だから梓は朱音の我儘を今でも聞いてる、責任を感じて」
「え、消えない傷…」
「この事件が起きたのは高二の時だ、梓が総長になる直前だった。梓が総長になってすぐ、そんな黒雅をどうにかしようとアイツらは黒雅の傘下からバンバン潰して行ってたよ」
それを聞いて思った。もしかしたらそれが…梓達が留年したキッカケだったのかもしれない。
平気で周りを巻き込むようなチームを潰そうと…