いつも冷静無頓着な梓の怒鳴り声を、こんな間近で聞いたのは初めてだ。



見上げる視線、見下ろされる視線。
その二つが再び重なり合ってやはり強く思い知る。


私は全然梓を忘れられていないという事……


梓の事が今でも、すごく好きで仕方ないということ。


苦しいくらいに想っているという事。




「逃げんなよ…」



切なげに声を出した梓は、優しく握っていた私の手を強く握り直した。



そして、私の頬には温かいモノがつたう。
何粒も何粒も止めどなく流れ出した。



「…梓」



ノドの奥がつまったみたいに、声が出ない。掠れたみたいに曖昧で…私をどんどん沈めていく。



「私、電話が鳴った後…あの扉を出て行く梓の後ろ姿が嫌いだった」



初めからずっと、きっと誰かの元に行っているんだとそう分かっていたから。



「行って欲しくないって何度も思った」


「………っ…」


「私の側にいて欲しいって、ずっと思ってたよ」


私が一言一言話すたび、梓はその切れ長な瞳を悲しそうに歪ます。


私が梓を悲しませてる、私の言葉全部が…梓にこんな表情をさせてるのかもしれない。