そのまま顔をそらし再び扉へ向かおうと一歩足を踏み出した時
「待て」
手に伝わる体温、優しくそっと包み込まれた右手。
久々に近くで聞いたその声に、触れた熱に…思わず身体を硬直させる。
だけど後ろへと振り返る事は出来なくて…そのままそこに立ち止まっている事しか出来なくて。
「行くな」
「……」
「こっち向け」
低いのに、何処か優しげな声
素っ気なく聞こえるのに、温かい音色
そっちへは向けない。
だって声を聞いただけで泣きそうなのに、手に触れられただけで今にも崩れてしまいそうなのに。
「莉愛」
梓は勝手だ。
こんな時ばかり私の名前を呼ぶなんて。
忘れさせてくれないなんて。
あの日から今日までずっと視線すら交わる事も無かったのに。
「…何」
「話したい」
話し…?一体何を…今更何を話すっていうの。
お前の側にはいられないって?もうかまってやれないって?そんなの分かってる。言われなくてもちゃんと分かってる。
「…話す事なんてないよ…」
「俺はある」
「…佑衣が待ってるから行かないと」
「おい」
「手離して…」
「無理」
「離して」
「聞け」
「お願い離して」
「聞けってッ!!」
大きく張り上げられた声。思わずビクッと強く身体を揺らす。
真剣な瞳に、熱いくらい伝わる手のひらの熱。
ピリピリとした空気のはずなのに、二人の空間が何故か心地良いと思ってしまう。