Silver Night-シルバーナイト-




その日、私は結局客間に泊めてもらった。


遅くまで琉聖とテレビを見て、何となくくだらない話をしたりしてた。



梓の話はしなかった。
そしてそれを琉聖が聞いてくる事も無かった。



朝目が覚めて、夜眠れなかったはずなのにいつのまにか寝ていたんだって気が付く。



ゆっくりと布団から起き上がり辺りを見渡すけれど、そこに時計はなくて、携帯も電源を切っているから時間が分からない。



そっと物音を立てないように部屋から出ると、シンッとした廊下を一人で歩いた。



二つ隣の部屋は琉聖の部屋だと昨日教えてもらったけど、中から音はしてこないからきっとまだ寝てるんだと思う。



一階へと繋がる木製の階段を下りると、そのままリビングの大きな扉を開く。











中からは香ばしいコーヒーの香りがして、それに誘われるかのように台所に行くと



「あれ、莉愛ちゃん早起きだね。おはよう」



そこに居たのはスウェット姿の伊吹さん。
目は優しげに細められ、コーヒーを片手に飲んでいる。



「あ、おはようございます。あの…昨日からお邪魔してて…」



「うん、琉聖から聞いてる。ゆっくりしていってね」


「すみません…いきなり」



「気にしないで、佑衣や悠真もよく泊まりに来てるし」



「そうなんですか?」



「うん、佑衣なんか1週間毎日いる時あるよ。だから莉愛ちゃんも大歓迎」



こうして伊吹さんと二人きりで長く話すのは初めてかもしれない。



だけどイカツイ顔とは裏腹に、とても穏やかで優しい雰囲気がやけに私を落ち着かせてくれる。



なんか、大人って感じだな。



「それにしても、まだ五時半だよ?もう一度寝たら?」


「え?五時半?」



やけにスッと目が覚めたと思ったら…私あんまり寝てなかったんだ。琉聖と別れて部屋に行ったのが二時過ぎだったから、三時間ちょっとしか寝てない。







「…でも、眠くなくて」



うつむくようにして笑って見せると、伊吹さんは持っていたコーヒーをダイニングへと置いてソファーで待つよう言ってくる。



言われ通りソファーに座っていると、しばらくして甘くて優しい香りがするホットミルクを私に持ってきてくれた。



それをゆっくり口に付けると、やけにホッとした気持ちになる。


蜂蜜とミルクの優しい味。



「琉聖さ、さっきまで起きてたんだよ。」



「え…?」



琉聖が起きてた?私が部屋に行く時、確かに琉聖も自分の部屋に入って行ったはずなのに。




「莉愛ちゃんが起きてくるかもしれないって。その時一緒にいてあげたいからって」



あれからずっと……起きててくれたの…?私の為に。



「アイツ、見かけによらず優しいよな。莉愛ちゃんが心配で仕方ないみたい」



どこか楽しそうに目尻を下げた伊吹さんは「俺、朝方帰って来たんだ。だから少し寝るね」とそう言って爽快にリビングから去って行った。



ホットミルクを飲みながら、昨日の事が頭をよぎる。苦しさと悔しさでぐちゃぐちゃになった自分が。



だけど今こうして、泣かずにいられているのは……きっと琉聖がいてくれたから。



琉聖の優しさが心に届いたから。私を一人にしないでいてくれたから。






表立ってはいつも意地悪なのに…不安な時に支えてくれて…見えない所でも優しさをくれていたなんて……



「……ずるいよ…」



いつか琉聖にこれ以上の恩返しをしたい。
そう思わずには居られなかった。



その後、7時ごろになって眠たそうな琉聖が起きてきた。


さっき伊吹さんに聞いた事をお礼しようかと思ったけど、自分の部屋に入るフリをしてまで私の事を考えて待っててくれていたんだ。そう思ったら黙って心の中だけで目一杯感謝することにした。



不器用な琉聖の優しさに、そのまま素直に答えたいと思ったから。



「帰りは俺が迎えに来るから」



「うん、分かった。ありがとう」



一度家によって着替えてから、琉聖が学校近くのいつもの待ち合わせ場所までバイクで送ってくれる。



「勉強しっかりやれよ」



「それはこっちのセリフだよ」



まだ少しだけ腫れた目、どこか掠れた声。

だけど琉聖に優しく頭を撫でられモヤついた心が少しだけ晴れる。



「じゃあな」


「うん」






午前中の授業はあまり頭に入って来なかった。



机に座って、真っ白なノートを見ていると、昨日の事が鮮明込み上げてきたから。涙が落ちそうになるのを必死でこらえた。



お昼休みは偶然聖に会った。私の顔を見て思い切り眉を歪ませてきたけど、それ以上何かを言ってくる事はなくて、ただ聖の持っていた野菜ジュースのパックを手渡された。



多分、よほど不健康そうに見えたんだと思う。


放課後が憂鬱だった。
だって私は倉庫に行かないとならない。
梓と顔を合わせないとならない。
どうしたら良いのかも、これからの事も……何もまとまってないのに……。



放課後、言っていた通り琉聖がお迎えに来てくれた。


だけど、いつもの伊吹さんか運転してくれる車じゃなくて朝同様バイクにまたがっている。


憂鬱な気持ちのままそこに近づくと、私が持っていた鞄を琉聖は取り、後ろの座席に置かれていたメットを手渡してきた。



「何だよその顔、地獄にでも行くつもりか」


「…地獄って…もっとマシな言葉使ってよ」


「じゃあ、そんなお前に朗報だ。今から買い物に行く」


「買い物?」


「あぁ、現地で悠真と待ち合わせしてるから早く乗れよ」






「何でいきなり買い物?」


「気分転換」


「倉庫に行かなくていいの?」


「俺にだってプライベートくらいある」


バイクへと早々に乗せられ、メットを被ると大きな音を上げてエンジンがかかる。



今まで学校帰りにそのまま何処かへ行く事なんてほとんどなかった。


必ず倉庫にいって、時間が空けばご飯を食べに行く程度で…だからその行動にはそれなりの理由があるんだと思っていたし、いくら行きたくないからと言って今だってその意見は変わらない。


「琉聖…私に気使ってくれてるの?大丈夫だよ…」



それに琉聖はシルバーナイトの幹部だ。
きっと放課後私に構っている場合じゃないかもしれない。



「別に使ってねェ。マジで買う物があんだよ」



「何を?」



「机」


「机?」



「佑衣が勉強するから、その机買いに行くんだよ」


「佑衣の勉強机?何で?」


「このままだと、本気で卒業出来ないらしいからお前が勉強教えんだよ」



そう言えば……この前梓が、そんな事言ってた。



「ん?今私が教えるって言った…?」







「あぁ、言った」


「え?そうなの?」


「だって他に誰が教えんだよ」


「悠真かな?」


「アイツが大人しく悠真の言う事聞くとは思えない。莉愛がやるのが妥当」



なるほど……確かに悠真が教えるってなったら佑衣脱走でましちゃいそうだ。



けど、多分……本当はこれも琉聖の優しさなのかもしれない。



倉庫に行きたくない私のために買い物の用事を作ってくれて。倉庫でいずらい思いをしないために佑衣の勉強を教えるっていう予定を作ってくれたんだろう。



「琉聖って、本当良い奴」



口角を少し上げて笑って見せると「あ?チャカすな」とどこか照れたように顔をそらした。







バイクで走ること15分。学校から一番近くの家具屋に来た。



店の前では悠真がバイクにまたがった状態で待っていて、もしかしたら悠真がバイクに乗っている所を始めて見たかもしれない。



「莉愛ちゃん、学校お疲れ様」


「うん、悠真もおつかれ」


悠真のバイク姿を初めて見たのはもちろん、家具屋に来たのも初めてだ。



家に揃っている家具たちは、私が引っ越した時には全て用意されていて…自分で選ぶなんてした事もない。


「机ってどんな机買うの?」


「んー床に座って勉強出来る大きめのやつかな?」


「何でもいいだろ、使えれば」



今倉庫部屋にあるのは、割と小さめのガラステーブルが一つあるだけ。確かにあそこで勉強をするのは厳しいかもしれない。



それにしても、こうして何かしてると気が紛れる。


辛い事も、苦しい事も、考えないでいられる。






そんな風に現実から逃げる事が正解なのか。それとも駄目な事なのか。



きっと答えなんて無いんだろうけど……

今はこの時間が有り難かった。



結局テーブルは木製のシンプルなローテーブルにした。物は後日発送されるそうだ。


それを1時間ほどで決めて、その後三人でカフェでお茶をした。


やっぱりいつも通り目立っていたけど、それも今日は気にならない。



目が腫れている私を見て、悠真が時折辛そうな顔をしていたのに実は気がついていた。申し訳ない気持ちになったけど、それでも何にも聞いてこない所が悠真らしいと思う。



「莉愛ちゃん、どこか他に行きたい所ある?」


「んー、行きたいところ…」



やっぱ悠真と琉聖は、私が倉庫に行かなくても平気なようにしてくれてる……


だけど、私が一人で居るわけにはいかないから、きっと二人は一緒に居てくれてるんだ。



「倉庫、行こっか」


私が静かにそう言って隣にいた悠真を見上げれば、悠真は少しして間を開けた後「行こっか」と言って優しく笑った。