Silver Night-シルバーナイト-




「…新(アラタ)」



その瞬間、ギュッと私に触れていた梓の手に少しだけ力がこもったのが分かった。




何とも言えないこの雰囲気。

そして独特なオーラ。

間違いなく、 この人は黒雅のトップだ。





それにしても……いくら黒雅の総長とシルバーナイトの総長だからといって、二人は名前呼びをするほど親しいと言うことなのか…。




でも、二つのチームはライバルなはずじゃ……




「珍しいな、お前が女といるなんて」




そう言って漆黒の男は梓を見てから、そのグレーの瞳をゆっくりと私へと移動させ軽く口角を上げた。




「それも、朱音じゃない女」




その瞬間、ただ目の前のこの男を見つめていた私の心臓にギュッと変な力が入る。




それは私にはやけに意味ありげに聞こえて、新と呼ばれたこの男はもう一度私を見ると少しだけ首を傾け小さく笑った。







怖いわけじゃない。


けれど、何故か近寄りがたくて……


そして彼は何処か妖美に見えた………。





「お前こそ表に出てくるなんて、どんな風の吹き回しだ」



頭上から降ってくる梓の声は、いつも通り冷静で…だけれど少しだけ低く聞こえる。



「あぁ、お前に謝りたくてさ」



「謝るだと」



「馬鹿どもがシルバーナイトに押し掛けたみたいだが、それは俺の指示じゃない。うちの下っ端と傘下の奴らが勝手にやった事だって言っときたくて」



「だから何だ、黒雅がやった事には変わりねェ」



「あぁ、でも一応謝っとく。俺の仕業だと思われたら不快だからさ」



可笑しそうに喉を鳴らしながら優雅に笑うこの人は、一体梓とどんな関係なの……



それにしても、この人ほかの黒雅の人達とはかなり違う雰囲気に見える。



何だか敵意を感じないようにも見えてきた…



それはこの、ゆったりとした話し方のせいなのか……それとも色気のあるタレ目がちな瞳のせいなのか……



だけど、何処にもスキがなくて……爽やかそうに見える雰囲気とは一見、恐ろしいほどのオーラも感じた。






「黒雅は汚いことを平気でするチーム」だと、確か前にそう言ってた。



それを疑う事はないし、実際私自身黒雅に襲われた事だってある。



この人も……そうなんだろうか。




「楽しんでたところ、邪魔して悪かったな」




右手をポケットに突っ込みながらそう言った新と言う男は、ゆっくりと私達へと背中を向け歩き出した。




けれど、その足を数歩先でしっかりと止めると…






「そう言えば、一つ言い忘れてた」




「……………」




「梓…お前は、きっと変わらない」




「……っ…」




「どんなに変わろうとしたって変われない。お前はずっと昔のままだ、誰も幸せになんて出来ない」




「…………」




「まぁそれは……俺も同じか」




何の事を言っているのか分からなかった。分かるはずがなかった。




それでも、あの朱音という子が関わっているという事は……何故だか聞かなくても分かってしまったんだ。







しばらくして、どこから情報が回ったのか黒雅と私達が一緒にいると聞きつけたシルバーナイトのメンバーが10人ほど駆け付けて来てくれた。



でもその頃には、すっかり相手は帰ってしまった後で……それにしても彼らの情報網の広さに驚く。



結局このまま街にいるわけにもいかず、倉庫に戻って来たんだけれど…未だかつて感じたことの無いほど気まずい雰囲気がプレハブ部屋の中を包んでいた。




「おい梓、お前黒雅のトップと知り合いだったのか」



そんな何とも言えない雰囲気を破ったのは、私の隣に座っていた琉聖。



その様子は怒っているというよりは、とても険しい表情をしていて…それに対し「あぁ」と、いつも通り梓が冷静に答える。



「あれが黒雅の総長か、初めてお目にかかったな」


「イメージとはかなり違ったね」




それと同様、やはり落ち着いて話し出す悠真もその隣の佑衣も、梓とあの漆黒の男が知り合いだったとは知らなかったらしく…何かを考え込むようにして口を閉ざした。







そんな雰囲気の中、私がここにいて良いとも思えなくて…というより、きっと私がこの部屋にいたら四人は大事な話を出来ないような気がして。



「あの、私 外にいるね」



「え?莉愛?」




いきなりの私の行動に佑衣が不思議そうに私を呼び止めるけれど、ゆっくりとソファーから立ち上がり颯爽と外へと出た。



そしてバタンっと扉が閉まったのとワンテンポ遅れて私の身体が後ろへといきなり引かれる。


その原因は、いつの間にか隣に居たはずの琉聖が追いかけて来ていてパシっと力強く腕を握ったから。




「何処行くんだよ」



「琉聖…だって色々話し合いするでしょ?」



「別にしねェよ」



「でも私いると邪魔かなと思って」



「は?そんなわけねェだろ」



私の腕を掴む琉聖の力が少しだけ緩んで、切れ長な瞳を伏せがちにしてこちらを見下ろして来る。




「てかよォ、お前…なんつー顔してんだ」




腕を掴んでいた手とは反対の手の平を、私の頬にそっと触れるようにして優しく包み込む琉聖は…本当に人の事を良く見ていると思う。




きっとあのままプレハブ部屋にいたら、間違いなく漆黒の男の話はもちろん…あの朱音という子の話も出てくるかもしれない。




そう思うと、もう一層の事知ってしまいたいという感情と…聞きたく無いという感情とがごちゃ混ぜになってあそこには居られなかった。



少しだけ泣きそうになってる目元をこらえるようにして唇を噛み締めれば、私を見下ろしていた琉聖が一瞬悲しそうに目を細めた気がして……



「バーカ、泣きそうな顔してんじゃねェよ」




だけれど次の瞬間には、いつも通り意地悪げに笑うもんだから、きっとさっきのは見間違いだったのかもしれない……








「ほら、戻るぞ。お前一人にしとくと何しでかすか分かんねェからほっとけねェって言ってんだろ」



そう言いながら背中にある扉にさっさと手をかける琉聖は、乱暴げに私の頭をワシャワシャと撫でると口角を上げて呆れたように笑った。



琉聖は、いつも私に気を使ってくれていて…きっとさっきだって様子のおかしい私を心配してすぐに追いかけて来てくれた。



今だってそうだ。




だけど、琉聖はまぎれもなくシルバーナイトの幹部で…皆んなの憧れる人物で……



いくら私を心配してくれるからといって、それに甘えてばかりにもいられない。



特に今日はこんなにも大事件がおきたというのに、シルバーナイトのトップである四人が話し合いをしないわけがないし、私には話さないとかあんなこと言ってたけど…きっと話さないといけない事があるに決まってる。




「琉聖、私もう大丈夫だから話し合いして来て」




「あ?だから話し合いなんかしねェって」



「嘘、四人とも私に気を使ってるでしょ?」



四人とも優しいから、私に怖い話を聞かせない為にとか…きっとそんな理由で私の前でそっち系の話をしないようにしてるのは日頃から気づいていた。






さっきはあんな風に部屋を出て行ってしまったけど、だけど大事なことなんだから私に気を使わず四人でちゃんと話し合ってほしいって思う。



そう思うと、自分のことばかり考えていた自分に嫌気がさした。




「ほら、琉聖!戻ってってば!」



それに琉聖以外は、今の私の心情を知っている人はいないから、何で二人していきなり出て行ったんだろうって思ってるに違いない。



こんなことなら、話が終わるの外で待ってるからゆっくり話してねってちゃんと言えば良かった。



完全に中の三人は困惑してるに違いないから…




私を無理矢理部屋に連れて行こうとする琉聖の背中をグイグイと押していると、いきなりその扉が勢い良く開いて…ゴンっと鈍い音が倉庫内に響きわたる。




何事かと思い目を丸く見開くと、どうやら私の前にいた琉聖のおでこに中から開いた扉が思い切りぶつかったらしく「イテーッ!!」と驚くほどの大声で琉聖が叫んだ。




「琉聖!大丈夫!?」



おでこを押さえながら涙目の琉聖の額は、完全に赤くぽっこりと腫れ上がっていて…どっからどう見てもタンコブが出来ている。






「痛てェな!コラ!!」



いきなり開いた扉の中に向かって琉聖がそう叫ぶと、中から出てきたのは何故か少しだけ目を潤ませた佑衣の姿。



「莉愛ー!!ごめんねー!僕達が暗い話するから莉愛に気を使わせちゃったよね」



私の前にいた琉聖を素早く突き飛ばし、そのままの勢いで私へと抱きつくと潤ませた瞳で私を見つめた。



「というかね、全然莉愛は気にしなくて大丈夫だからね!莉愛が部屋に居ないとつまんないよ!」



抱きついていた身体を離し、私の両手をギュッと握りしめると、首をかるく傾げながらニッコリと可愛いらしく微笑む佑衣。



うん、可愛いすぎる。
そこら辺にいる女子達の数百倍は絶対可愛い




「莉愛ちゃん、ごめんね。部屋戻ろう」



そして佑衣の後ろから顔を覗かせた悠真も優しげに微笑むと、私の方へと手招きをした。







「でも…皆んなで話し合いして?私は颯とかと下にいるし」



つくづく思う。私は皆んなに凄く甘やかされている。



喜びや笑顔や幸せを…たくさんもらってる。




「それに別に気を使ってるわけじゃないよ、皆んなの邪魔したくないだけ」



だって私はシルバーナイトのメンバーじゃない




出会いは本当に偶然で、あの時の私は今の自分を想像した事すらなかった。



皆んなの側にいて、それが当たり前になってきて…だけどやっぱり私はメンバーじゃないし、もしかしたら友達ですらないかもしれない。




「莉愛、何言ってるの?」




何だか驚いたように、小さく目を見開いた佑衣は少ししてその表情を穏やかな満面の笑みに変えると再び私の手を強く握りしめて




「邪魔なわけないよ、だって莉愛はもうとっくに僕達の仲間でしょ!!」




「……え」




「すごくすごく大切なメンバーの一人だよ!!これからもずっと!」



「……佑衣」



目尻を下げ、いつものように優しげに笑う悠真も、おでこを押さえながら呆れたように目を細めている琉聖も皆んな私を優しい瞳で見てくれている。



そしてもちろん……
一番後ろで黙々とこちらをそっと見つめてくれてる、そんな梓も。