そして…
「気まぐれ、だな」
「…はあああっ!?」
それだけを言うと、教室を出て行ったのであった。
きっ、気まぐれ!?
普通、気まぐれでキスしますっ!?
信じられない…。
じゃあなに、ということは、私は恭哉君の気まぐれで2回も唇を奪われたってこと!?
最悪だ…
身を汚された気がする…。
絶望に満ちた表情を浮かべながら、その場に座り込んだ。
そして、キスをされた自分の唇に触れる。
…さっきの唇の感触が全然消えない。
恭哉君の体温が私に流れ込んで、全身に甘い痺れを感じる感覚。
今でも鮮明に覚えている。
「初めてのキスだったのに…」
これ以上悔やんでも、もう取り返しのつかないことであったが、落ち込まずにはいられない。
そんな時、ふと、恭哉君の言葉が頭を過る。
❛俺のこと好きになれば?❜
…なによ、それ。
ばっかじゃないの。
恭哉君のことは、絶対好きにならない。
ううん、好きになりたくない。
…あーっ、もう!
これ以上、思い出すのはやめよう!
いっぺんに色んなことがありすぎて、頭痛くなってきたし。
…とりあず、この先どうしていくかを考えないとね。
出来るだけ恭哉君と関わらず、今の出来事もなかったことに…
って、無理だよね。
これから先、どう生活をすればよいのでしょうか…。
と、頭を抱え込んでいると、教室のドアが開いた。
「お待たせ~って、恵那?」
「美冬~…!」
大好きな美冬の登場に涙を浮かべながら抱き着き、慰めてもらったのは言うまでもない。
###♡
「えーっと、美冬?こちらの人は…」
お昼休み、美冬に連れられ屋上に来ていた。
先ほど美冬は「ちょっと待ってて」と言い残し、屋上を立ち去り、再び戻ってくると、見知らぬ男の子を連れてきていた。
この人は、誰…?
ネクタイの色からして、私たちと同学年だよね?
男の子は人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「ほら、早く自己紹介」
美冬に促され、男の子はわざとらしく咳払いをする。
「初めまして恵那ちゃん♪俺は、2年1組の観月遊(Miduki Yu)!よろしくっ!俺のことは気軽に遊って呼んでね♪」
そう言ってニコッと笑みを浮かべた。
「よ、よろしく(?)」
1組ってことは隣のクラスの人なんだ。
なんか、人懐っこそうな人だなぁ。
にしてもどうして、美冬は遊君を連れてきたんだろう。
「遊とは同じテニス部の仲間なんだけど」
「そうそう♪」
「恵那のこと話してたら、遊が会いたいって言うから」
美冬は少しばかり申し訳なさそうな顔をする。
「私に?」
首を傾げる私に、今度は遊君が口を開く。
「美冬から恵那ちゃんが困ってるって聞いて、俺の出番だと思ったんだよね!」
と、満面の笑みと共に親指を立てていた。
「…?」
私が困ってる?
一体、なんのことだろう。
「こう見えて遊は恭哉君と親友なのよ」
「えっ親友…!?」
「そっ、意外でしょ?」
と、美冬は可笑しそうに小さく笑う。
「意外ってどーゆーことだよ!俺と恭哉、めっちゃ仲いいんだぜ?」
…確かに、意外な組み合わせ、なのかな?
性格のタイプは真逆そうにみえる。
遊君はどちらかというと、ムードメーカー的な感じ?
「遊が恭哉君と仲いいの知ってたから、恵那のこと話してたら、俺に任せろってうるさくてね。恵那のこと、助けたいんだってさ」
美冬は可笑しそうにそう話した。
「そういうことだったんだ」
遊君…!
困ってる私を助けてくれるなんて、なんていい人なんだ…!
「ありがとう遊君!本当に助かります」
「気にしないで♪恭哉のせいで、美冬の大切な友達が困ってるなら俺が助けないとね!」
遊君は得意げにウインクをし、親指をグッと立てた。
「よかったね恵那」
「美冬もありがとうっ」
と、私の未来に希望の光が見え始めたところで、「そういえばさ」と改まった様子で口を開く遊君。
「恵那ちゃんと恭哉って、どういう関係なの?」
「ただのクラスメイト、かな?」
「…それだけ?」
「うん?ほとんど話したこともないくらいだったし」
そう言うと遊君は、一瞬驚いた表情を浮かべ、何やら考える素振りを見せた。
「遊?どうかしたの?」
「ん~いや、なんか恭哉ってそういう奴だったけな~って思って」
「それって、どういうこと?」
「確かに恭哉はチャラい奴だけど、関わるなって言われて、わざわざ自分からまた面倒なことするかなーって」
面倒なことって、私にしたキス!?
と、思ったが何とか堪え、遊君の話に耳を傾ける。
「あいつ、面倒ごとは嫌いだし、ただ女の子に飢えてるだけなら、わざわざ自分を嫌う子じゃなくて、そこら辺の自分のことを好いてる女の子に手を出すと思うんだよね~」
「は、はぁ…」
遊君はケラケラと呑気に笑っているが、そんな話を聞かされて、私は顔が引き攣ってしまう。
恭哉君の親友なのに、こんなこと暴露しちゃって大丈夫なのかな。
今の話で結構、恭哉君の最低っぷりが露見したよ?
「だから恵那ちゃんと何か特別な関係があると思ったんだけど、俺の勘違いだったのかな~」
私と美冬は互いに顔を合わせ、やれやれとため息をつく。
「…きっと、気まぐれだよ」
本人がそう言ってたし。
気まぐれで私のこと弄んだんだよ。
じゃないと、私なんかのことを相手にする意味が分からないもん。
「ちょっと遊!恵那が落ち込んじゃったじゃない!」
「ごめんごめん!そんな暗い顔しないでよ」
「あはは、私なら大丈夫だから」
と、力なき声で苦笑する。
「てかさ、もし本当に気まぐれなら、もう恵那にああいうことしないってことはないの?」
確かに。
あれは一時の気まぐれだし、もう流石に近づいて来ないよね…?
恭哉君がああいうことしなければ、この先困ることもないし。