恭哉君の声を聞くだけで、涙が溢れ出る。
…もうっ、泣かないって、決めたのに。
「泣くなら俺のとこに来い」
「…へ?」
思わず自分の耳を疑った。
いっ、今なんて…
「俺のとこに今すぐ来い」
それは、いつもの恭哉君の声だった。
私をからかうような声色で、でも優しくて暖かくて。
もう聞くことがないと思っていた、私へと向けられた声。
溢れていたはずの涙はピタリと止まる。
まるで、魔法にかかったみたいに。
「俺はお前の彼氏じゃないから俺からはいけない。お前と違って俺はお人好しじゃないから」
…うんっ、分かってる、分かってるよ。
「…けど、中途半端なことは、もうしねーから」
その言葉はとても力強く、真っ直ぐ私の胸へと届く。
今の言葉にどれだけの思いや覚悟が込められていたのか、恭哉君の声を聞いていれば分かった。
「どうすんの?来るのか、来ないのか、はっきり言え」
「…行く…っ!行くに決まってるじゃん…っ」
迷いなど一切なかった。
会いたい、今すぐ会いたいもんっ…!
すると電話越しで小さく笑う声が聞こえる。
「あっそ。じゃ、待ってるから」
優しい声でそう言うと、電話は切れたのだった。
私はすぐさまベンチから立ち上がると、公園を後にした。
少しでも早く会いたい。
恭哉君の気持ちが変わらないうちに…!
私は無我夢中で走り、恭哉君の家へと向かった。
どうして恭哉君が、あんなことを言ったのかは分からない。
…でも、今恭哉君に会えば全部分かる気がするんだ。
私の知りたかったこと、全て。
恭哉君…私は、もう覚悟出来てるよ。
私も自分に素直でいたい。
自分の気持ちと正面から向き合いたい。
だから恭哉君も…私に全部、教えて…っ!
「…上がれば?」
「おっ、お邪魔します…」
10分程で恭哉君の家へと到着し、恐る恐るインターホンを鳴らすと恭哉君が現れる。
そして隠しきれない緊張と共に、恭哉君の部屋へと上がった。
「しっ、失礼しまーす…」
恭哉君の部屋へとやってくるのはこれで2度目。
学校を休んだ恭哉君に書類を届けに来た時以来だ。
今思えば、あの時の出来事をきっかけに恭哉君と話すようになったんだよね。
あの日…この部屋から、運命は変わったんだよね、きっと。
「突っ立てないで座れよ」
「あっ、うん。そうだね」
恭哉君の顔を見ることが出来ず、視線を逸らしたままぎこちない様子で話す。
しかし恭哉君はそんな私と真逆で、いつもと何ら変わらぬ様子だった。
「やっぱ泣いてたじゃん」
「え?」
「目、真っ赤だよ」
うっ…!
早速バレてしまった。
あれだけ泣いてたら、そりゃ隠せないよね。
「これは別に…な、泣いてないし…」
「…強がらなくていいのに」
と、恭哉君は呆れた口ぶりで話す。
いざ恭哉君を目の前にすると、言いたかった言葉が全て喉の奥に引っ込んでしまう。
あんなにさっきまでは言いたいことが沢山浮かんでたのに…!
やっぱ本人目の前にすると、緊張するし、少し気まずい。
それに、恥ずかしくって目すら合わすことが出来ない。
「きょ、恭哉君…」
「なに?」
恭哉君は私と目線の高さを合わせるように、首を傾げ見つめる。
対する私は伏し目がちに、ゆっくりと口を開く。
「本当に、ごめんなさい」
どうしても直接会って謝りたかった。
…本当は目を見て謝りたいんだけど。
「私、恭哉君の言ってたこと信じれなくて、それで………きゃっ!」
気づくと私は、恭哉君の腕の中にいた。
抱きしめられていると気づくのに、そんなに時間はかからなかった。
「きょ、恭哉君…!?」
「…もういいから」
そう言って更にギュッと力強く私のことを抱きしめる。
恭哉君の身体と私の身体がピッタリとくっつく。
恭哉君の温もりが流れ込むように、私にまで伝わる。
それに…恭哉君の心臓の音がよく聞こえた。
力強く脈を打っているのがよく分かる。
恭哉君…
私みたいにドキドキ鳴ってるのが丸聞こえだよ?
恭哉君の温もりが嬉しくて、離れがたくて、私はそっと腕を背中へ回す。
なんで私…恭哉君に抱きしめられてるんだろう。
きっと恭哉君は聞いても、何も答えてくれないよね。
…それなら、もう少しだけ、このままでいさせて…?
「…で、なにされたわけ?」
「へ?」
暫く抱き合っていたかと思うと、急に恭哉君は私のことを引きはがし、淡々とした口ぶりでそう言ったのだった。
「あいつの本性に気づいたってことは、なんかされたんだろ?」
「えっ!?あ…うん、そうなんだけど…」
ちょ、なんで恭哉君はそんな平然としてるの!?
私はまださっきの余韻が残ってるっていうか、心臓まだドキドキしてて、恭哉君の顔が見れないっていうか…その…。
「正直に言え」
恭哉君はそんな私の様子を知ってか知らずか、真剣な眼差しで私のことを見つめる。
「べ、別に何かされたって訳じゃないけど…私を利用?しようとしてたらしい」
なんか私だけドキドキして焦っちゃって、ばっかみたい。
さっきの恭哉君の心臓の音…聞き間違いじゃないよね…?
「…利用?」
「うん。中学の時に彼女を恭哉君に取られたらしく、その仕返しに私を彼女だと勘違いして、恭哉君から奪おうとしてたらしいんだけど…彼女じゃないって分かったら、急に態度が変わって、怒っていなくなっちゃったんだ」
正直、隼人君のことはビックリだったな。
でも…それだけ彼女さんのことが、好きだったんだよね、きっと。
「それ、あいつの勘違い」
「勘違い?」
恭哉君は呆れた口ぶりで話す。
「俺はあいつの彼女取った覚えないし、どうせ女の方が勝手に俺に惚れて、俺に彼女を取られたって勘違いしてるだけだと思うけどね」
「ええ!?そうなのっ?」
「まあ。よくある話だし」
いやいや、よくある話って…!
そんなの普通ないからっ!
「…で、本当になにもされてないな?」
「へ?う、うん。そりゃ、酷いことは言われたけど…まあ、気にしてないし。もう関わることもないだろうし、いいかな」
「ふーん、そうか」
僅かだが恭哉君の顔が和らいだように見えた。
…もしかして、私のこと心配してくれたのかな?
なんてね。そんなわけないよね。
「ねぇ、やっぱり怒ってた?」
「別に。怒ってない」
「嘘だ!絶対恭哉君怒ってたもん!」
「あーもう、うるせーな」
恭哉君の顔を覗きこもうとすると、フイッと顔を背けられる。
「恭哉君の嘘なんてバレバレだし。だってあの時の恭哉君ちょっと怖かったし」
「恵那があまりにもバカすぎて呆れてたんだよ」
「ばっ、ばかって仕方ないじゃん…!隼人君のこと知らなかったんだし。てゆーかさ、なんで隼人君のこと教えてくれなかったの?恭哉君は隼人君の本性知ってたんだよね?それなら、ちゃんと説明してくれたらよかったのに」
そうしたら喧嘩なんてしないですんだし。
あの時の恭哉君は頑なに理由を話そうとしなかったんだよね。