「あ、いや…。」
高内はなんだか口ごもっている。
「高内?」
高内に近づく。
「穂衣…。」
高内が私を抱き寄せた。
「高内、ここ道だよ?」
ちょっと恥ずかしくて言った。
「ゴメン、待って。」
珍しく高内は弱々しい声を出した。
「うん…。」
私も高内の背中に手を回した。
「心配掛けさせんなよ…。」
「ゴメン。」
高内、来てくれてありがと。
そう呟くと、高内はもっとキツく私を抱き締めた。
「穂衣。」
「ん?」
「…好き。」
「うん、私も好き…。」
恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
しばらくして、どちらともなく離れた。
「じゃあ、また。」
「うん。
気を付けて帰ってね。」
高内は手を上げて歩いて行った。
今日、高内も陽亮も学校休ませちゃったなぁ。
お兄ちゃんも心配掛けたし。
…これからはもっと用心しなきゃ。
私はしばらく学校を休んだ。
でも、休めば休む程、学校に行くのが怖くなった。
学校のコトを考えると、とてつもなく大きな不安の波が私を襲う。
とうとう1週間後、耳が聞こえなくなった。
私はもともと気が弱くて、人間不信だったから余計に早く変化が起きたみたい。
お兄ちゃんと一緒に病院に行くと、ストレスから来るモノらしいと診断された。
薬も治療も出来ないらしい。
自宅での療養が一番だと言われたし、私も一番それがいい。
突然の出来事に、私はただぼんやりとしているだけだった。
車の免許を取ったお兄ちゃんは私を景色のいい所に連れていってくれた。
《穂衣、医者の言うコトなんか気にするな。》
最近使い始めた真っ白のホワイトボードにお兄ちゃんはそう書いて渡した。
私が頷くと、もう一度何かを書いて、私に見せる。
《こんなに休めるコトなんかそうそうないんだから、ゆっくりしろ。》
飾らない、素直な言葉が嬉しかった。
しばらくホワイトボードでやりとりして、また車に戻った。
久し振りに2人で夕飯を作って、一緒に食べた。
私はだんだんリラックスして、ホワイトボードに書かれた言葉に自分の声で返事出来るようになった。
凄く楽しかったのに…お父さんが帰って来た。
お兄ちゃんの口が‘親父’と動いた。
お兄ちゃんは私にちょっと待ってろと手で合図してソファーから立ち上がった。
お父さんとお兄ちゃんは口論を始めたらしい。
聞こえなくてよかった…。
私は心のどこかでそう思った。
2人に背を向けた直後、ドンッと床が振動した。
驚いて後ろを振り替えると、お兄ちゃんが尻餅をついていた。
私は急いでお兄ちゃんに駆け寄る。
でも、駆け寄る前にいきなりお父さんが私に掴みかかって来た。
お父さんの口が私に向かって罵っているのがわかった。
…でも、何を言っているの?
たぶん、いじめられたくらいでこんなコトになるな、ってコトだろうけど。
私がただ呆然としていると、お兄ちゃんが私を引っ張った。
そのまま二階に連れて行かれ、私の部屋に入る。
床に座ると、お兄ちゃんはホワイトボードを持ち出し、何かを書いた。
《親父のコトなんか気にするな。》
コクンと頷く。
《で、高内や陽や梨絵に言うのか?》
今、一番言われたくないコトだ…。
「わからない。」
お兄ちゃんは私の頭に手を載せ、また何かを書いた。
《取り敢えずゆっくり休んでおけ。》
その夜はお兄ちゃんに言われてもうベッドに入った。