ああ、マズいな。
実にマズイ。
「………良い女に……なりすぎだ、」
良い女…。
自分にとっての良い女。
自分にはこれ以上ない良い女。
俺が望んだ理想のままの姿。
そんな理想を前にして抑制しきれるほど出来た人間でもない。
気が付けば静かに彼女を抱き寄せていて、柔らかな髪の感触が頬を擽る。
やってしまった。と思う反面、よくここで踏みとどまったという感覚もありき。
久しぶりだな。
久しぶりに……心臓が痛む。
痛むほど……興奮と緊張の駆け引きというのか。
困ったな……この歳になって男の性に悩む瞬間が訪れるとは。
「……先生」
「ん……ごめん、ちょっと今は黙ってようか」
「……先生、」
「ピヨちゃん、良い子だから」
「………先生……」
「っ………いい加減に」
「何で………結婚なんてしちゃったんですか……」
「っ____」
不意に響いたのは悲愴に満ちた弱々しい声音。
消え入りそうな声音は今にも泣きだしそうに震えていて。
その震えがまるで心臓にひと繋ぎされている様に伝わって。
『何で…』って…。
そんなの……
それが恋だと思っていたからだ。
皆が当たり前に経験し歌や映像にまで再現するそれだと信じて疑わなかったからだ。
あの瞬間まで、
確かにあれは俺の中では恋というものだった。