そんな潤は、恋愛上級者で、『恋』のワードに敏感である。コイバナとかが好きなタイプだ。
「は?いやいや、歌いに来たんだろ」
潤の相棒のような立ち位置にいる、喜多野海斗は、しっかりと受け答えが出来ていた。
「いいじゃんいいじゃん!得点が低かったやつが、好きな人暴露とかしよーよー」
次に口を開いたのは、由宇だった。彼女は、小林財閥の一人娘。容姿端麗で、明るく好奇心旺盛な由宇は、ノリも良く、葉那乃の次に親しい友人だ。
「...わーったよ」
可愛らしい由宇の笑顔で、妥協の色を見せた、海斗。
「あははは。海斗も、ベタ惚__」
「その先は言うなよ、実桜?」
と、そこで、海斗の表情が一気に変わる。天然ふわふわ系女子、と言えば良いか、月山実桜も、海斗の睨みに、まずいと思ったらしい。
「はいはい、早速歌いましょー。みなさん」
切り替えるように、或いは、海斗をなだめるように言ったのは、和田君だ。和田君__和田進汰は、三ヶ月前に越してきた男の子。彼のフレンドリーさに秦が興味を持ち、仲良くなったのだという。
けれど私は、和田君とはまだ喋ったことがない。というか、彼自体が私を認識しているのか、ぐらいの距離感。
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「葉那乃、相変わらず美声だねー」
もちろん、カラオケに着いて告白大会という流れにはならず、普通に歌った。一番手はいつも決まって葉那乃だ。クラス一の美声を持つから、と、秦がほざいていたことに対し、葉那乃が乗せられて以来、ずっとだ。
「りーつ」
「あっ、葉那乃、お疲れ様」
相も変わらないくせ毛を揺らしながら、隣に座ってきたのは、超高音を歌いこなした女の子だ。
「葎は歌わないの?」
素朴な疑問に、シンプルに、うん、とだけ答える。
「そっかあ」
そう言って、葉那乃は席から離れ、潤のところに行ってしまった。
......あれ?
葉那乃が席を離れて、はてなが浮かんだ。私の記憶によると、葉那乃と潤の関係は良好じゃなかったはず。狼少年が苦手な葉那乃が、何故潤のところに?こういう細かいところにいちいち気付くのが、私。
「では、お次はクラスのモテ男、遥君でーす」
といった感じに、ふざけた口振りで言ってみせた秦に、笑いが込みあげてきたせいか、先程の疑問は無くなっていた。
「そいじゃー、そろそろ帰ろっか」
気付けば、七時を回っていた。
秦が終わりを告げ、各々が部屋を出た後。
「.........ぁ......?」
倒れた。
誰が。
私が。
「葎?!」
遥の声が、聞こえた。
待って、やだ。私はまだ遥に
「葎、どうしたの?!!ねえ、葎!!」
なに、も...
「葎!」
瞬間、視界が暗転する。
遠のく意識で、何を思ったか。
遥の、笑顔だけだった。
「...」
見慣れない天井。
「...」
ツンとした、独特な匂い。
半身を起こして、辺りをゆっくり、ぐるりと見回す。
「.........遥」
その中で、私は遥と目が合った。いや、そもそもいたのか。
遥は今にも泣きそうな顔で、言う。
「...何で、言ってくれなかったの」
違う。私、そんな顔をさせたいんじゃないんだよ。
声が、あまりにも切なくて、か細くて、寂しげで、私は俯く。
遥の言葉で、ああ、ばれてしまったと、痛感した。
「......」
「葎」
「...」
「葎」
「...」
「......葎。俺、葎のこと、好きだよ」
「...っ」
やだ。変なこと言わないでよ。
「大好きだよ。葎の笑顔も、葎のことが好きと思える自分も。俺さ、葎に、誇れる程の感動、沢山もらった」
「......っ!」
そう。温かいものが、頬を伝っていたのだ。
「だから、ね。今度は俺が、葎に誇れる程の感動をいっぱいあげる。葎の心は、いつも俺で埋まるようにね」
遥の顔なんて見えない。でも、遥は、優しい表情をしていると思う。
「そういうことで、まず、はい」
遥は、鞄から紙を出した。
涙を拭いながらそれを受け取り、紙に書かれてある文字を読む。
そうして、驚愕___。
「婚、因.........届!!?」
そうだ、それはまさしく、紛れもない婚姻届だった。
私は驚いて顔を上げ、遥の方を見る。まあ、そうしたら、顔が近くて、遥と目が合うわけで。
「...やっと、こっち見た」
遥は柔らかく笑って、そのまま唇をゼロ距離にした。
「はる...っ」
唇を離され、名前を呼ぶまでに、遥は優しく私を抱擁する。
「...なんで、言わなかったの?」
今なら聞けるだろうと思ったのか、開口一番にそう言う。
私も、今なら言えるだろうと確信し、口を開いた。
「私の病気ね、治らないんだ」
そこまで言って、彼は抱擁を止める。
だが、何かを言う気は無いようで、ただ、私を真っ直ぐに見つめる。
続けた。
「再生不良性貧血って言って、現時点では治療法が見つかってないの」
言葉にするだけで苦しくなる。だが、それは真実だ。私は今、事実を彼に伝えている。
「時々、全身に酸素欠乏の症状が起こって、今回みたいに倒れちゃう」
私は俯いて、話し続ける。遥の真っ直ぐな瞳に耐えられなくなったからだ。
「見た目だけで病気っていうのはわかりにくいの。......だから、余計に言えなかった。もし私が告知したとして、遥はきっと私のために泣いちゃう。世界一大好きで、誰よりも愛してる、そんな遥の泣き顔なんて、見たくないの。たった一人の最愛の人を笑顔に出来ないなんて、愛してるって言う資格なんかないから...」
言い終えて、何故かまた泣いた。
持っていた婚姻届の紙に、透明なしずくがポタリ。
涙を出そうなんて、考えてない。
でも、遥は
「......何で、泣いてんの」
ぼそり、と呟いた。それは、独り言なんかではなく、私への質問として取れた。
私はその言葉に反応し、少しばかり顔を上げる。
そうしたら、遥と目が合った。
「俺だって、葎にそんな顔させたくない!」
びっくりした。
大声で、言うもんだから____。
多分、その時の私は、相当間抜けな顔をしていたと思う。
「自分だけって思うなよ。葎の言ったことに俺を当てはめたら、俺のこと考えてくれてた葎に気付かないで、毎日楽しく過ごしてた俺にこそ、愛してるなんて言う資格ないだろ」
思わず俯いてしまった。
ひんやりとした色の床が、視界の隅に映る。
既に涙は止まっていた。
でも、遥への気持ちはどんどん大きくなるのが分かるくらい、心拍数は上昇していて。
「...隣に居てくれるだけで、いい」
やがて、か細く、愛しい声での発しが耳に届いた。
私はその言葉を確認したくて、言った。
「......泣かない?」
ぽろりと、無意識に言ってしまっていた。でも遥は、笑顔で、
「うん、絶対。律の頼みなら、泣かない」
なんて言って、優しく抱擁してくる。
泣いちゃうじゃん。
私を撫でながら、言う。
「葎だけだ」
唐突な言葉だった。けれど、私は、その一言で、安心できた。
-カラカラ
「葎」
名前を呼べば、こちらを振り向く。
「遥!」
可愛らしい笑顔で、迎えてくれる。
そんな、可憐な少女は、難病だ。
近くの椅子に座り、彼女の綺麗な顔を見つめながら、言う。
「今日ね、マカロン買って来た」
「マカロン!?」
大きな瞳をさらに大きくし、リピートする。
葎は、マカロンが大好きだ。
「...あ、ごめん。もしかして、食事制限とか、あった?」
確認のつもりで聞くと、葎は首を振り、答える。
「いや、ないんだけど......その...この前、2㎏も増えちゃって...」
彼女が頬も染めずに言えるのは、俺を信頼してくれているのだからだろう。
「は?何言ってんの?葎の体重、45㎏だろ?これ以上痩せたらポキッといくよ」
そう言った時の葎の表情は、キュンとするくらいに可愛かった。
「な、な、なななな、何で知ってんの?!?」
え?そりゃあ...
「愛のチカラだよ」
満面の笑みで答えてみせた。
「はーくん、ストーカー?!」
...ピキッ。
「あ」
「.........うん。分かってる。ただ葎は、間違えただけだよな。分かってる。分かってるんだけど...」
俺は、この非の打ち所のない大好きな彼女に、思うところが1つだけある。
それは、