彼が一瞬息を止めたのが分かった。
その言葉の指す意味を、その言葉の根源を忘れてなどいないだろう。
大きく息を吸って、吐き出す。まるでしがらみから解かれたように笑みを見せた。
どこか幸せそうな心から満たされたような表情。
ここでその表情を浮かべれるのだ。彼は最初からそんな人だった。
くるりと私に背を向けてまた仁菜ちゃんの方に向き直る。
彼女はまた悪態を吐く為に笑って見せた。
「あは、あははっ!ばっかじゃない?!神様って何?!寒いって!」
「水無川」
「結局二人とも付き合ってるくせに、」
「……ニーナ」
「っ!!」
先とは打って変わる、優しい声。きっと彼はずっと仁菜ちゃんの事をそんな声でこんな風に呼んでいたのだろう。
仁菜ちゃんはピタリと動きを止め、ジワリと目に涙を浮かべた。
「ニーナ。俺みたいな奴と一緒にいてくれてありがとう」
「っ、」
「俺、ニーナの笑った顔が好きだったよ」
「……」
「ニーナの優しい性格が好きだったよ」
「……、」
「いつも自信の無いとこだって好きだった」
「……っ」
「我儘を言うところだって、すぐ泣くところだって、嫉妬深いところだって」
「ナナく……」
「良いところも悪いところも全部全部好きだった」
ぽろり、と雫が落ちてからは早かった。次から次へと彼女の瞳からは涙が溢れて頬を濡らしていった。