何も返答できず、私もまた足元を見つめていると不意に力強い手が私を引っ張った。
「っ?!」
また詰められる彼女と私の間合い。
小さな手なのにギリギリと手首を掴む力は強い。まるでそう、引きずり落とすかのような勢いだった。
「ねぇ千花ちゃん。千花ちゃんもこっちに堕ちてよ」
大きな魚影が私達を微かな光からさえも遮る。仁菜ちゃんの瞳には光なんて届かなくてどこまでも暗く、黒く染まっていく。
「な、に……っ?」
「今分からなくてもいつかわかるよ。ナナくんの好きは自分の好きとは違うって。恋愛の好きじゃないって」
「!」
それは、最後に直接私が彼に言った言葉だった。
淵くんのその感情は私の事が好きだからじゃない、と。同じように否定した。
でもそれは、今までの事を否定したわけではなくて、あの時の何処か縋るような感情に対して言っただけに過ぎない。
「妹と一緒の好きじゃ嫌でしょ?友達と一緒の好きじゃ嫌でしょ?ちゃんと、彼女として扱って欲しいでしょ?自分だけを求めて欲しいでしょ?」
何処にもいかないで、自分とだけ、自分だけ、とその盲信的な様は彼と似通っていた。
そうして気付く、気づいてしまった。
ああ、駄目だ。痛い、苦しい、息が出来ない。海の底へ連れていかれてしまう。
だって、そうだ。
過去になっても好きと言う気持ちがなくなるわけじゃないのだ。
「っ、ふち、くんは……仁菜ちゃんの事、ちゃんと好きなんだよ」
彼の根本を作ったのは間違いなく目の前にいる仁菜ちゃんだった。