唐突に投げかけられた質問に私は何も返せなかった。

いいや、返したくなかったのかもしれない。

今の淵くんは私だけが知っていればいいという独占欲。

無言のまま館内を歩き続けて数分、仁菜ちゃんは答えを出してくれないと悟ったのかまた口を開く。


「千花ちゃんはナナくんのこと好きで辛くないの?」

「どうして?」


今までとはまた趣旨の違う問い。思わず聞き返したのは、彼女の中にそれに該当する感情があったのだろうと察してしまったから。

今度は誤魔化すことなく答えた。


「底抜けに優しくて我儘言ったって怒らなくて。もしかすると、それは逆に私に興味無いんじゃないかって。怖くて不安で……」


丁度トンネル状になった水槽に差し掛かり、大きな魚影が光を遮って彼女の表情に暗い影を落とす。

再び光が射しても魚群が斑な影を作り上げる。


「いつか急に私の前からいなくなっちゃうんじゃないかって、ずっとそんな事ばかり考えてた」


ゆるりと天を仰ぎ、泳ぐ魚を眺めているのかと思ったけれど、苦しそうな表情も相まって、まるで海の底に居るような、息が出来なくなるような閉塞感が身を襲う。冷たくてくらいその感覚。

その苦しさは少しだけ理解できてしまった。現に今の私は彼が居なくなってしまうのではないかと言う焦燥感から行動を起こしていたのだ。

1日2日、様子を見ることも出来ない程に彼を探さなければいけないと思った。


「嫌われないようにしないと、って思う反面、嫌われるような事してナナくんの気持ちを試した。その度に好きだよって言ってくれたけどそんなんじゃ満足行かなかった」

「……」

「もっともっと欲しかった。ナナくんだけが欲しかった。他に何もいらない、二人だけが良かった。だって、私にはナナくんしかいなかった」


やがて、彼女は水槽を見上げる事をやめて俯いた。

その瞳には足元の暗闇しか映っていないのだろう。