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「う、ん……」
微かに身じろぎをすれば、花のような匂いが鼻腔をくすぐった。
もう既に馴染んでしまった彼の匂い。
肌に触れたそれは柔らかな感触がしていて、私の上に掛け布団が掛かっているようだった。
薄く目を開ければ、電気をつけるかつけないか迷うくらいの暗さで、どうやら日が傾いてきているようだった。
とは言え、昼寝に置いての覚醒は私にとって時間が掛かるもので、夢か現実か分からないふわふわとした場所を漂ってしまう。
ぼんやりとした頭のまま視線だけを可能な限り動かせば、ふと視界に飛び込む彼。
此方を覗き込むようにしながら、その綺麗な顔に色を付ける。
「おはよ。一時間くらいしか経ってないからまだ寝ててもいいよ。暑くない?」
私を気遣って問いかけてくれているのは理解できるのだが、覚醒しない頭がまともな返答をしようとしてくれない。
脳からの指令は言葉にはならずに口元で消えて、ただただ、今は素直に物事を捉えて口先から答える。
「おはよう。……ふふっ、起きてすぐ誰かに挨拶出来るのって、幸せだなぁ」
一人暮らしだと共同で暮らす人が居ないだけに、当たり前だった事が徐々に減っていくのだ。
だからこそこんな小さな事が嬉しいと、こんな些細な事が幸せだと感じてしまう。
もぞもぞと口元に掛け布団を引き寄せて、可笑しくもないのにヘラヘラと笑ってしまう。