朝食を食べ終わった後、公生さんは「体調、もう大丈夫ですか?」と心配してくれた。そういえば、起きてからは全然頭の痛みを感じていない。昨日の薬が、しっかりと効果を発揮しているのだろう。

「もう、大丈夫みたいです」
「そっか……」

 彼は安心したように微笑んだ後、照れ臭そうに頬を指でかく。そんな姿に私は首をかしげると、意を決したように公生さんは口を開いた。

「あの、これから映画見に行きませんか?気分転換に」
「……えっ?」

 私が思わず聞き返すと、焦ったように彼は早口でまくし立てる。緊張しているのは、雰囲気で伝わってきた。

「落ち込んでる時は、たくさん遊んだ方がいいと思うんです。僕も、わりと落ち込んだので……」

 きっと、昨日私が泣き崩れたのを心配してくれたのだろう。その優しさが嬉しくて、だけど同時に顔を赤くしている彼が面白くて、思わずくすりと笑ってしまった。そうして笑うと、彼はさらに顔を赤くさせる。

 私は結局、公生さんの提案に素直に頷いた。ほっと胸を撫で下ろしている彼を見て、また密かにくすりと笑みがこぼれた。


 とりあえず駅前ショッピングモールの映画館で映画を見ようということになり、私たちはバスに乗って駅へと向かった。商業系の高校へ通っていたから男性と接する機会が少なかったため、そういえば最後に男の人とこんな風に出かけたのはいつだっただろうかと、バスに揺られながらふと思う。

 隣でつり革を掴む公生さんを盗み見ると、緊張しているのか口角が引きつっていた。この人は多分、女の人と二人で出かけたことがないのだろう。私も多分、男の人と二人だけで出かけたのは、これが初めてだった。

 高校時代に友達が他校の男子生徒を呼んで、親睦会と言う名の合コンを開き、それに参加させられたことは何度もあった。波風を立てないように連絡先を聞かれれば交換をした。だけど二人で出かけるようなことはしなかった。

 私はなんとなくチャラチャラしている人が苦手で、申し訳ないけど拒否反応を起こしていたから。少なくとも合コンに参加するタイプの男性とは、上手く話をすることができなかった。

 私は趣味を共有することができる、もっと落ち着いた人が好みなのだろう。だから合コンでとても有名な作家さんの、とても有名な作品の名前をあげて、読んだことがあるかと聞いてみたりした。けれど返ってくるのはだいたい、映像化されたものは見たことがあるという言葉で、その後に原作も読んでみるよと笑顔を向けられる。試しに原作本を貸してみて、二日ほどで読了報告をされた時に感想を聞いてみたけれど、彼の感想は原作の感想じゃなく映画の感想だった。おそらく、原作と映画の内容が違うことを知らなかったのだろう。

 たくさん本を読んでて頭がいいんだね、と言われたりもしたが、別に活字を読むのに頭の良さは関係がないでしょと、心の中でツッコミを入れていた。だからせめて趣味を共有できないかと思い、メールで十冊ばかりオススメの本を紹介してみたけど、それからというもののその人からメールが返ってくることはなかった。それからというものの、私は私の趣味のことを誰かに打ち明けるのはやめにした。

 そういう高校生活を送っていたから、男性の方とこんな風に出かけることになるなんて、想像すらしていなかった。私を元気付けるために、映画へ誘ってくれたのは嬉しい。けれど、外見は落ち着いた雰囲気で、内面は狼だったらどうしようと、私は一人で勝手に心の中をモヤモヤさせている。

 書店で話しかけられた時も初めはナンパかと思ったが、彼のことを知れば知るほど、私の思い描いていた理想の男の子だと感じてしまう。

 彼は、どっちなのだろう。肉食系なのか、草食系なのか。そんな風に公生さんの顔をジロジロ見つめていると、見つめていたのがバレていたのか、顔を赤くさせて俯いてしまう。

「……公生さんは、歳はおいくつなんですか?」

 突然話しかけると、公生さんはびくりと肩を震わせて、囁くように答えてくれた。

「あの、二十歳です……」
「え、ほんと?」

 私は思わず、目を丸めてしまう。

「公生さんって、二、三歳は上なのかと思ってました」
「えっ?」
「私も、二十歳なんです」

 今度は彼が、私と同じように目を丸める。

「嬉野さんも、二十歳なんだ。てっきり二、三歳は上なのかと思ってた」

 それから自分のデリカシーのない発言に気付いたのか、慌てたように「あ、あの。別に老けてるとかじゃなくて、大人っぽいって意味ですっ」と訂正した。

 私は慌てる彼がおかしくなって、思わず笑みをこぼす。

「大人っぽいって言ってくれたの、公生くんが初めて。いつもは子どもっぽいって言われるから」

 思わず公生くんと呼んでしまい、しかも敬語が抜けてしまった。だけど同い年なんだから、失礼じゃないよねと思い直す。突然くだけた話し方になったため、公生くんはまた、ほんの少し顔を赤くさせた。

「公生くんは、何月何日生まれ?」
「えっと、四月二十七日です」
「うわ、マジですか」
「もしかして、嬉野さんも?」
「うん。四月二十七日」

 同じ日に生まれた私たちは、偶然にもこうして知り合うことができた。もしかすると、こういうのが運命なのかも知れないと、私は密かにロマンチックに浸っていた。