「ねえ、細野。チョコ好き?」








甘い甘いチョコレート。



どうかあなたに近づく口実をください。


「うん?別に好きでも嫌いでもないよ」



「そっかあ。じゃあいらないよね」



「そう言われると気になるじゃん。なに、なんかあったの?それも今バレンタインじゃないし」


そうです。

今、バレンタインじゃないんです。


2月じゃない。



真逆の8月です。



暑い暑い太陽に照らされる中、高校生の私達は。



学校の夏期講習を受けに来ています。




「LJKなんて世の中は言うけどそんな華じゃないよね。実際には」


受験勉強はますます忙しくなり、華なんてあったもんじゃない。


今、講習の隙間のお昼休憩だけがやっと一息つける時間だ。


「いきなりどうしたの。さあ、華なんじゃない。…男の俺は分からないけど」

「だろーね。細野がわかるとは思えない」


ちょっと意地悪しても、細野は笑ってくれる。

「酷いなあ」


そう言いながら、許してくれる。


「あれ、なんだっけ。チョコの話だっけ?」


「うん、そう。なんかあったの?」


「お母さんの友達がチョコレート職人なんだけど」


「なにそれ、すご!」


あ、可愛い。


なんでこんなに目をキラキラさせられるんだろう。


男なのに私よりも可愛くて羨ましい。


でも、チョコレート職人のおばちゃんはさ、そんなに凄い人って思えないんだよね。


あたし、その人に小さい頃は育ててもらったし。

両親が忙しかったから良く面倒みてくれてたんだ。


だから、身近すぎてよくわかんない。




おばちゃんのことならなんでも知ってる。




独学で勉強して店を開いて、誰の下にもつかない強者で。



大口開けて笑ういいおばさんって言えば、だいたいの説明終わっちゃうんだけどね。




なんでと聞けば性に合わないだとか。


いつもガハガハ大声で笑いながら、繊細な作業をこなすおばさんには、たしかにそれは合わないのかも。




おばちゃんは今、東京にいて。


決して東京から近いとは言えないこの街にあたしを育ててくれてた頃のように戻ってこれることはあまりない。


でも、必ずお母さんの誕生日だけは忘れない。


特別な絆で結ばれてるようで、お母さんもおばちゃんの誕生日は忘れないんだ。



去年はなにあげたらいい?って相談されたくらいだしね。


今年もおばちゃんは、ちゃんと忘れないでいてくれたんだけど…。



「あー、うん。凄いっちゃすごいんだけど。お母さんの誕生日になると大量のチョコが贈られてくるのよ。毎年食べきれなくて、捨てちゃって」


「なんか、話がよめてきた」


「あー、ここまでくるとわかるよね。そう、今年も残っちゃって余り物っていうと言い方酷いけど、もらってくれないかなーって」


「でもいいの?人からもらったものを貰っても」


細野が少し眉根を寄せて、申し訳なさそうにこちらを見て、まずいと思った。




「やっぱ、気分悪いよね。ごめん、無かったことにした方がいいね。ごめん」


それはちょっとわかってたことだった。

だって気分良くないでしょ。


貰いものをもらうなんて。


気にしない人もいるけど必ずしも細野がそこに当てはまるとは思えない。


私は困ってるけど、細野のことだって考えなきゃいけない。


失敗したよなあ…。



「いや、そうは言ってないよ。ただ、その方はいいのかなあって」


眉を寄せて困ったように微笑んだ。


それを見て私は、押しちゃうことにした。


この調子なら、いいって言ってくれる気がする!


「いいの、いいの!人にあげてもいいって言ってたし。いやむしろもらって!人助けだと思って」


「え、じゃあ…」


キーンコーンカーンコーン。



なんで今なるかなあ。


昼休み終了の合図である本鈴は、みんなを静かにさせる。


次は国語。


国語の先生は短気で有名だから本鈴で席につく子が殆どだ。


入学して直ぐ、チャラい男子が少し授業に遅れただけで、丸々1時間お説教タイムになったほど。


あんな風に晒し者にされるのはごめんだ。


「ごめん、また後で」



細野もそう思っているのか、眉根を下げ、手を挙げてそう言った。




私のうん、は先生のドアを開けた音で消え失せて、細野に聞こえたかどうかは分からなかった。





*・○ …○・*• * ○ * .☆ **.○…*・*

きりーつ、れー。


さよーなら。




委員長の声が響いて、終会が終わった。


あれから、休みがあるたび細野に聞きに行った。


いや、聞きに行こうとしたんだ。



でも、細野はトイレに行っちゃったり友達と話してたりしてなかなか聞きづらい。




結局、返事を聞けないまま、放課後になっちゃった。



今度こそ、今度こそ聞くんだ!


散々チャンスを逃してきただけあって、私は妙に燃えていた。


「…細野、チョコ」




「細野ー!今日部活ないだろ?一緒に帰ろうぜい」




チョコの返事を聞きたかったのに、クラスメートに横取りされた。



私の声も聞こえないまま。



「細野、チョコ…!」


ちょっと大きい声で叫んだのに。


クラスメート君は。


細野を連れて行ってしまう。



「おお、そうだな。行くか」



気づかない細野。



これには結構カチンときた。



気づけ、ばか。




何よ、細野。



私とのチョコの話は忘れたわけ?


そうやって、ついていこうとして。


ずるいずるいとひとりで嘆いてた時、細野と目が合った。