暴走族の天使〜紡ぐ言葉を聴きたくて〜

詩side

涼風さんの言葉に奏が反応したのが見えた

涼風さんの胸に頭を寄せながら

奏に視線を送った瞬間、悲しみに染まる瞳と

目が合った

「姉さんの言う通りだね……
今の詩ちゃんは出会った頃のキラキラした
澄んだ瞳じゃなくなってる…
星竜皆んなを温かくしてくれた笑顔もない。

本来の詩ちゃんじゃなくなってる」

悲しみを浮かべた瞳と表情に心が痛みを覚えた

だけど、それは一瞬の事で

私はただじっと見つめていた

「詩ちゃんを傷付けたのは、穂花ね?
勿論、北斗もその1人だけど…
あの子は昔からそうだった。
自分さえ良ければ周りは関係ない。
自己中でワガママで甘えた子…
詩ちゃんの境遇と似ているようで全く違うわね。

穂花は助けを求めれば誰かが必ず助けてくれると
甘えて、頼ってばかりで自分自身を変えようと
しない。
そればかりか、それが当たり前だと思ってる。

だけど…詩ちゃんは違う。
穂花よりも酷い境遇で声を失っても
時間をかけて自分だけで変わろうと努力してた。
もちろん、私が出来る事はしてきたけど
それでも結局最後には自分自身で乗り越えたのよ…
たった1人でね…」

涼風さん……

私、1人で乗り越えたなんて思ってないよ?

園長先生や涼風さんが居てくれたから

また笑えるようになったし人を信じれるように

なったんだよ?

こんな私にも私を愛してくれる人がいるって

教えてくれた

優しくて温かい言葉とぬくもりを貰って

時には怒られたりもした

だけどそれが愛情からくるものだって

教えてくれた

だから、怖くても前に進もうと思えたし

感情を取り戻せたの



だけど……


今はもう分からくなってる

いつでも真っ直ぐに見つめてくれた瞳は

私に向けられてはいない

見つめ続けても交わされることがない視線

口から出てくるのは私の名前ではなくて

穂花さんの名前ばかり

そんな風に拒絶するみたいにされたら

もう何も届かないんだって思っちゃう

こんな時、声が出せたら

私の想いを伝えることができるのに……

でも出せたとしても北斗には届かないんでしょ?

この部屋に戻って来てから1度も

名前を呼ばれることも、目を合わせることも

してくれない

私みたいに話せないわけじゃないのに

出せる声があるのに

今何を思って考えているのかを

私をどう想っていてくれてるのかも

伝えてはくれない

それが北斗の答えなんだよね?

だったら私から終止符を打つよ

ポケットからメモを出して気持ちを綴る

涼風さんだけに見えるように目線に掲げた

≪涼風さんのおかげで笑顔も感情も
取り戻せたんだよ、ありがとう。
北斗から好きだって言われて嬉しいけど
北斗と同じ好きなのかが私には分からなかった。
あの頃は生きて行く事しか考えてなかったから。
でもね…
高校で女の子のお友達が出来て聞いてみたの。
そしたら、私が北斗を想う気持ちは恋だって
教えてくれたの!
だから、今日返事しようと思ってたの。
私も北斗が好きだよって……
だけど、私よりも穂花さんが大切なんだって
十分分かったから。
だからこの気持ちは無かった事にする。
私がこの気持ちを消してしまえば
みんな元通り元気になれる。
だから、この気持ちにサヨナラする。
だけどね…涼風さんにだけ
昔から私を見ていてくれた涼風さんにだけは
こんな私にも恋が出来たってことを
知っていて欲しい。
誰にもナイショだよ!≫

私の想いを読む涼風さんが今にも泣きそうで

申し訳なく思う

優しい人だからなぁ、涼風さん

読み終えた涼風さんは何も言わず

ただぎゅーっと、あの頃のように抱き締めて

肩を震わせていた

そんな涼風さんと私を黙って見てる皆んなに

今出来る精一杯の笑顔を見せた

姫になって少ししか経ってないから

星竜の皆んなには何も返す事が出来てないけど

私、姫を下りるね……

北斗が大切に想う穂花さんを皆んなで

守ってあげて欲しいな

短い間だったけど沢山の優しさをありがとう

声には出せないけど、伝わるかな?

私は皆んなに口を開いた

≪今までありがとう、サヨナラ≫

皆んなの目を見開く姿を視界に入れながら

涼風さんの袖を引っ張って

此処を出る意思を示した

私の瞳を見て本当にいいの?と問い掛けてくる

涼風さんに私は大きく1度頷いた

抱き締める手に力を込めた涼風さんは

そっと息を吐いて、私に笑顔で頷いた

「奏、穂花の手当ては私の知り合いに頼むわ。
今は詩ちゃんを守る方が大切だから。
詩ちゃんの意思を私が代わりに伝えるわ。


今日この場をもって……


星竜の姫を下ります」

涼風さんの凛とした声が響いた

次の瞬間……

皆んなの息を呑む音が聞こえてきた

そして声を荒げたのは北斗だった

「そんな事俺は許さなねぇぞ!
姫を下りるなんて!
詩は、何処へもやらねぇ!」

「北斗……あんた随分勝手ね?
だったら何故こういう事態が起きた時に
そう言わなかったの?
口を開けば穂花、穂花、穂花って!!
詩ちゃんを見ようともしなかったくせに!
どの口がそんな事言うのかしら。
泣かせた時点でアウトなのに
その後、あんたは詩ちゃんに何をしてあげた?
北斗以外のこの子達は、ただ1人
詩ちゃんだけを見て言葉を掛けてたけど
あんたからは1度も聞いてない。
詩ちゃんはね……
大好きだった人に傷付けられて
心も感情も声も失ったのよ。
信じてた人に傷付けられて高校生になる前まで
ずっと1人だったの。
それでも必死で生きてきたのよ……
やっと笑顔を取り戻せたのに!!
それを奪ったのは、北斗、あんたよ!
そんな奴が居るところに置いておける訳ないわ!
何が許さないよ!
私こそ、あんたを絶対に許さないから!
奏!
詩ちゃんは私の所に連れて帰るから。
知り合いの連絡先は後でメールするわね、じゃ!」

早口とマシンガントークで皆んなを黙らせた

涼風さんに支えられながら、私は倉庫を後にした

倉庫を後にした私を悲しそうに見つめる皆んなに

私はただじっと見つめて小さく手を振った

涼風さんの住む家には凄く懐かしい人が待っていて

すっごくビックリしちゃった!

私が心も声も閉ざしていたあの頃

涼風さんと一緒に優しく接してくれたお兄さん…

日向さんだ

でも、どうして此処に日向さんが?

首を傾げる私に素敵な事実が判明しました!

「詩ちゃん、私と日向は結婚したのよ〜!
そして、愛する娘もいるのよ!
朱里(あかり)〜!こっちにいらっしゃい!」

すると涼風さんの声に反応する可愛らしい女の子が

日向さんの後ろからピョコっと顔を出して

私を見るなり、トコトコと覚束ない足取りで

やって来て抱き着いてきた

な、な、な、な!?可愛すぎる〜!!

日向さんそっくりの大きくて垂れ目がちな瞳に

ピンク色の柔らかそうな頬っぺた

そして何より眩しいくらいの笑顔が

凄く温かい

「うたちゃんだぁ〜!」

ニコニコ笑顔でそう言った朱里ちゃんに

私も精一杯の笑顔でお返しだ

でも、どうして私の名前を?

私が日向さんに目を向けると

あの頃と変わらない穏やかな微笑みで教えてくれた

「詩ちゃんの事は本当の妹の様に思ってたから
あの頃撮った写真を朱里が生まれてから
ずっと見せて話を聞かせてたからね。
詩ちゃんは僕と涼風にとって家族も同然だから」

「そうよ〜!
詩ちゃんは私達にとって家族よ!
だから、朱里のお姉ちゃんってところね〜。
朱里〜、詩お姉ちゃん可愛いでしょう〜?
朱里のお姉ちゃんよ〜!」

「うんっ!あかりのおねいちゃん!
おめめがきれいねぇ〜!」

家族…

そんな素敵な輪の中に私も入れてくれてるなんて

凄く嬉しいよ…

この温かい家族の一員に私も入ってるんだ

私の目からポロポロと涙が零れ落ちた

顔を手で覆ってしゃがみ込んだ私の頭を

撫でる小さな温もりを感じて

ゆっくりと顔を上げた

「うたおねいちゃん、いたいいたいの?
あかりがよしよししてあげゆ〜!
あかりがまもってあげゆの!」

凄く温かい……

私はこの温もりが欲しかったのかもしれない

北斗に大丈夫だって…

守ってやるって、あの大きくて温かい手で

こうして欲しかったんだ

だけど、最後は目すら合わせて貰えなかった

じわじわと痛む胸を隠して

私は朱里ちゃんを抱きしめた

















奏side

倉庫を後にした詩ちゃんを見送った僕は

表情のないまま小さく手を振って去っていった

小さな後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた

1階に待機していた下っ端には後できちんと

話すことを指示して一旦幹部室に戻った

幹部室の中は異様な空気に包まれている

姉さんのあの怒りは久しぶりだった

それだけ姉さんにとって詩ちゃんは

大切な存在だということだ

とりあえず今は姉さんに詩ちゃんを

守って貰うとして……

「北斗…これからどうするつもり?
こんな事になっても、まだ穂花を優先する?
北斗が守るって連れて来たんだよ?
そして姫にした。
なのに傷付けて此処を出る決意をさせたのは
北斗と穂花だ。
はっきり言って僕は姉さんと同じ気持ちだよ。
北斗も穂花も考えが甘い。
一時的に今助けたとしても、また同じことが
起きたら…
また此処に連れて来るの?
そんなの単なる一時凌ぎで何も解決しないよ」

「僕もそう思う。
大切な人を傷付けてまで守る価値が
あの子にあるの?
だったら、はじめからあの子を姫にすれば
良かったんだよ。
まぁ、あの子が姫になるなら僕は
此処を辞めるけどね。
詩ちゃんを傷付けるなら誰であっても許さない」

僕と同じ気持ちなんだね、奈留も…

誰であっても詩ちゃんを傷付ける奴は許さない

例え小さな頃からの大切な親友、北斗でも…

「俺はただ…助けてやりたかっただけだ。
詩を傷付けたかった訳じゃねぇよ…
どうしろってんだ!」

怒りを露わにする北斗に心底呆れる

助けるとか守るとか言葉を並べても

一時凌ぎであるなら、それは何の意味もないよ

何の解決にもならない

それに、その言葉を使っていいのは

本当に大切で手離したくない人にだけだよ

幼馴染の穂花にではなく、詩ちゃんに……

周りが助けても穂花自身が乗り越えないと

いけない事でもある

穂花自身が強くならないと…

そんな事も見失うようじゃ先は見えてる

これから先何度も同じ事が起きるよ

「今更どう言い訳しようが
詩を傷付けた事に変わりねぇよ。
お前の告白を受けて詩は返そうとして
お前の元に行ったのに…
目先の事だけ考えて動いて
泣かせて傷付けて此処を出て行く詩を
止める事も出来なかったお前が悪い。
幼馴染のアイツを助ける為の合言葉だったとしても
それは昔の話だろ?
今守るべきは、詩だ。
アイツが此処に居続けるなら俺は此処には
来ねぇから」

静かに怒りを表す錬は立ち上がり幹部室を

出て行った

それに続くように奈留も冬も出て行く

残ったのは僕と北斗だけ…

とにかく姉さんに連絡して手当てしてくれる人を

呼んで貰わないとね

数回のコールの後出てくれた姉さんは

心理学者であり、看護師でもある同僚を

此処に向かわせたと教えてくれた

『そっちに向かわせたのは、私の親友よ。
私同様に、詩ちゃんを診た子でもあるのよ。
名前は成田絵留(なりたえる)。
見た目ほわほわしてるけど…
心理学者としても看護師としてもピカイチだし
怒らせると怖いから気を付けなさい。


それと…

詩ちゃんの事知りたいならウチに来なさい。
守りたいのなら。
じゃあね〜!』

言いたいことだけ言って切られたスマホから

ツーツーと無機質な機械音が響いていた

重い空気が立ち込める幹部室に

場違いな程明るい声が響いたのは

連絡を受けてから数十分後だった

「こんにちは〜!成田絵留で〜す!
…あれ?なに〜この重い空気!
涼風から頼まれて手当てしに来たんだけど……」

「あ、こんにちは。
涼風の弟の奏です。
急なお願いにも関わらず申し訳ありません。
部屋まで案内しますね」

姉さんの言う通り、見た目はほんわかしてるけど

場の空気を読むのが上手いし

何より瞳の奥には、少しの怒りが見えた

ーコンコン

「はぁ〜い!」

「穂花、開けるよ?
手当てしてくれる人が来てくてたから…

では、お願いします。
終えたら呼んでください」

ドアから振り向いた時に見えた成田さんは

凍る程の冷たさを纏い、ドアを見つめていた

「涼風から聞いてた通りね……
まぁ、とにかく手当てはするけど
守る価値があるかどうかは別だわ……
じゃあね〜!」

地を這うような声を出しながら

総長室へと消えて行った

姉さんの言ってた通りってどういうことだろう?

絵留さんが総長室に入って少し経った頃

幹部室が静かに開いた

その扉を開いたのは絵留さんだったのだが…

無表情のまま扉を閉めて空いているソファーに

腰を下ろした

そして次の瞬間、彼女の口から出てきた言葉に

僕も北斗も愕然とした

だけど、僕からしてみれば

あぁ、やっぱり…と思っただけだった

「とりあえず涼風から頼まれたから手当てはした。
もちろん、服の上からでは分からない所もね。

だけど……

あれは他人によって付けられた傷ではないわ。
私は心理学者でもあるから、彼女の言葉や行動
それから目の動きや視線、表情から
間違いなく他者によって付けられた傷ではないと
断言できる。

何を考えて行動したのかは知らないけど
彼女の全てが浅はかで甘過ぎるわね。

あれは自作自演よ……

自分に自信があるのか知らないけど
自分が1番でないと気が済まないタイプ。
しかも男関係なら特にね?

あの子の幼馴染なんでしょう?あなた達。
だったらどんな性格なのかをきちんと把握して
おくべき…とアドバイスしておくわ。

でも、幼馴染なのに自作自演を見抜けないなんて
情けないのか哀れなのか……

とにかく私は帰るわね。
これからどうするのか知らないけど
詩ちゃんを傷付ける奴は……
いえ……傷付けた奴は許さないから」

無表情のまま立ち上がり、北斗を一瞬見た彼女の

瞳は氷のように冷たくて

背中がゾクリと泡立った

微動だにしない北斗を一瞬見やり

成田さんを表まで送る為、僕は部屋を出た

倉庫の入り口で振り返った成田さんは

先程の無表情から一転して苦笑いを浮かべ

ホッと息を吐いた

「ごめんなさいね、感情的になっちゃって。
でもね、許せないのよ……
暴力を受けた人間を装って何かを得ようとする
卑怯な人は。
周りを巻き込んでも何とも思わない人も……

彼がどうして大切な人を傷付けてまで
あの子を守ろうとしてるのかは私には分からない。

何か思うところがあっての事だと思いたいけど
今の私は詩ちゃんを傷付けられた事で
感情が爆発してるから、冷静に彼を見れなかった。
じゃあ行くわね!
私はこれから詩ちゃんを診にいかないとだから」

「いえ、こちらこそすみませんでした。
僕も仲間も、北斗や穂花には怒りしか持てない。
詩ちゃんを泣かせて傷付けて
一体何がしたいのか……

僕もこの後、姉さんの所へ行くつもりです。
詩ちゃんをよろしくお願いします」

頭を下げた僕の肩を叩いた成田さんは

後ろ手に手を振りながら去っていった

ふぅ〜……

とにかく穂花を家まで送って行かないとね

納得しなくても此処に居て欲しくない

詩ちゃんを傷付けた人間を匿うなんて

絶対にしない

姉さんの所へ行く時、北斗を連れて行っても

良いべきなのか?

ポケットからスマホを出してメールを打つ

『穂花を家まで送った後、そっちに行っていい?
その時、北斗は連れてって大丈夫かな?
他の幹部も』

数秒後返ってきたのは、たった一言のみ

『了解』

よし、姉さんのお許しも出たし

やる事やって早く姉さんの所へ行こう

幹部のメンバーに姉さんの家の住所と

詩ちゃんの様子を見に行く旨を一斉送信した

そして1階に待機しているメンバーに声を掛けて

今夜一晩、幹部は倉庫を開けると伝えた

何となく雰囲気で分かったんだろう

皆んな心配そうな表情を浮かべたが

笑顔を失った詩ちゃんを見てたんだろう

真っ直ぐな瞳を向けて頷いた

それに頷き返して幹部室へと戻った

未だに成田さんが出て行った時と同じ体勢の

北斗にかなり呆れたけど、今はそれどころじゃない

「北斗…いつまでそうしてるつもり?
穂花を家まで送って姉さんの所へ行くよ。
詩ちゃんの事が知りたいなら来いって
姉さんから伝言だよ。

もちろん行くでしょ?」

「あぁ……
でも、傷付けたのに行っていいのか?」

「傷付けるだけ傷付けて、そのままにするの?
悩んでる暇があったら、これからどうしないと
いけないかくらい分かるでしょ……
北斗が見つけたんだよ、詩ちゃんを。
しっかりしなよ、総長」

僕の言葉にやっと顔を上げた北斗は

いつもの強気な星竜の総長に戻っていた

「よし、行くか。
穂花を送って、奏の姉ちゃんとこだな」

どこかスッキリした表情の北斗に

内心、遅すぎだ…と思ったけど今は何も言わない

とにかく詩ちゃんの所へ行こう










詩side

涼風さんのお家で朱里ちゃんとお絵描きするうちに

少しだけ心が凪いでいく気がする

それに此処に居る涼風さんも日向さんも

あの頃と同じ温かい瞳で見守ってくれてるからかな

心がポカポカする

この感覚、凄く懐かしい……

私は1人じゃないんだよって気付かせてくれる

私は本当に幸せ者で恵まれてると思う

あそこを離れると決めたけど

穂花さんは大丈夫かなぁ……

暴力は振るう側も振るわれる側も

何かしらの形で傷を負って何かを失うから…

だけど、私には支えてくれる人達がいる

穂花さんにとっては、それが北斗なんだよね

そういう存在がいるだけで安心できるし

落ち着ける

星竜の皆んなは優しくて温かい人達ばかりだから

きっと安心して過ごせるはず

私のようになって欲しくないなぁ……

いつの間にか物思いにふける私に

天使のように可愛い声が聞こえた

「うたおねいちゃん、どったのぉ〜?
まだいたいいたいのぉ〜?」

大きなクリクリお目めの朱里ちゃんが

下から覗き込んで心配そうな表情を浮かべている

子供ってどうしてこんなにも人の表情に

敏感なんだろう?

まだ2歳なのに凄い!!

こんなに小さな存在の朱里ちゃんにまで

心配掛けてるなんて、私ダメダメだなぁ〜

北斗を想えばまだ胸がキリキリするけど

笑顔で居れば…時間が経てば…

きっと忘れられるよね?

恋の始まりも分からない私に

終わり方なんて分からないけど

今はとにかく朱里ちゃんに大丈夫だと伝えないと!

握りこぶしを作って朱里ちゃんに笑顔で

大丈夫だと伝えた

「ほんとぉ〜?
じゃあ、おえかきしよう〜!
わたち、うたおねいちゃんのおかおかくっ!
あとねぇ〜、ママとパパも!
みんな、なかよしさんだからっ!」

フンフンと鼻歌を歌いながら

真っ白の画用紙にクレヨンで嬉しそうに

お絵描きする朱里ちゃんに自然と笑顔になれる

ふふふ!本当に可愛いなぁ〜!

2人でお絵描きに夢中になっていた時

玄関からドタバタと音がして振り返ると

そこにいたのは涼風さん同様に

あの頃お世話になった絵留さんがリビングの

入り口に居て、私を見つけるなり突進したきた!

「詩ちゃ〜ん!!元気だったぁ??
絵留だよぉ〜!
相変わらず可愛い〜!!私の天使〜!」

わわわっ!?絵留さん!?

見た目はほんわかしてるのに

性格は涼風さん同様にさばさばしていて姉御肌

そしてかなりの毒舌キャラなのだ

此処に居る人達同様に優しくて温かい人で

大好きな人の1人だ!

でも流石に苦しいかもっ!!

息苦しさを覚え始めた瞬間……

涼風さんの絵留さんを抑える伝家の宝刀

雷チョップが炸裂した

「絵留!!詩ちゃんを絞め殺す気!?
久しぶりに会えたのが嬉しいのは分かるけど
自分の馬鹿力の加減を考えなさいよ!」

「痛いっ!!
涼風こそ馬鹿力じゃな〜い!
私の脳みそ潰れちゃうじゃない!
っていうか!!
こんな可愛くて小さくて天使の詩ちゃんを前に
我慢出来る訳ないじゃないっ!」

このやり取り…なんかあの頃みたい

無事?絵留さんの腕から解放された私は

朱里ちゃんを抱っこする日向さんと

顔を見合わせて、コッソリと笑った

その間もぎゃあぎゃあと言い合う2人を

止めるのは、もちろん日向さんだ

これもあの頃からのお決まりみたいなものだ

「おいおい、そろそろやめたら?
せっかく詩ちゃんがいるのに……
なぁ〜、朱里〜?」

日向さんの声にキョトンとした表情を浮かべる

朱里ちゃんも2人の言い合う姿に一言…

「ママもえるちゃんも、うりゅさい!
ちぇっかく、うたおねいちゃんとおえかき
してたのにっ!
めっ!!」

頬をめいいっぱい膨らませ、ぷりぷりして

猛抗議してる

しかも…めっ!!って……

むぅ〜!!可愛い過ぎるぅ〜!!

朱里ちゃんの声にピッタリと言い合うのを

やめた2人は揃って、ごめんなさいをしていた

もしかすると、この家では朱里ちゃんが

1番の強者かもしれない

朱里ちゃんは、どんな大人になっていくのかな?

此処に居る人達みたいに優しくて温かい

素敵な人になっていく気がする

未来の光景を浮かべて自然と頬が緩む

願わくば、その時私も同じように

素敵な人になれてたらいいな…

妄想にふけっていると涼風さんの声が聞こえて

目を向けた

「詩ちゃん、これからアイツらが来るの。
もし嫌なら帰って貰うけど
詩ちゃんの事話していい?
穂花は詩ちゃんとほんの少しだけ境遇が似てるの。
こういう事は比べる事じゃないんだけど
穂花はどこか…考え方が甘いのよ。
何かあれば逃げる、そして甘える。
それが全て悪いとは思わないけど
周りを巻き込んで誰かを傷付けるのは間違ってる。
自分で何かをする前から放棄して
ただ周りにもたれかかるのよ。
同じ境遇でも詩ちゃんとは正反対!」

前のめりの姿勢で勢いよく話す涼風さん同様に

絵留さんも大きく頷き同意した

「私も同じ意見よ!
行動を起こす前に、自分の中で色々と考えて
思う事もあると思うんだけど……
あの子は詩ちゃんとは全然違うの。
もちろん、人間誰だって同じな人なんて
1人もいないの。
境遇も考え方も外見も性格もね?
それが当たり前だから比べるのは違うんだけど
う〜ん?なんて言えばいいのかなぁ〜?
とにかくあの子は同じ境遇にいながら
今の自分にも周りにも甘いのよね……
そうする事が当然だと思って行動してる。
だけど……
詩ちゃんは違うわ。
傷付けられて辛いのに、傷付けた側の事も
考えて行動してる。
それは出来そうで出来ない事よ?
詩ちゃんは常に自分よりも周りを見てる。
優しくて温かくて強い…
弱音もわがままも全て飲み込む所があるでしょ?
詩ちゃんの元々の性格もあると思うけど
常に自分を律して周りの人間に気を使う」

「そうだね……
詩ちゃんは昔も今も変わらない。
自分には凄く厳しいのに、周りには凄く
甘くて優しい。
……うん、優しすぎるんだよね。
背負わなくていい事も、自分の事のように
考えて感情移入する……
常に誰かの為に動いて、自分を押さえ込んでる。
だけど、たまには自分の事を1番に動いても
いいと思うよ?」

絵留さんの言葉を聞いて

今まで黙っていた日向さんも口を開いた

3人に優しい瞳を向けられると、少しこそばゆい

それに私は3人の言うような大層な人間じゃない

確かにあの頃は辛かったけど

それを過去の事として受け止めようと思えたのは

この人達が支えてくれたからだもん

それに今も十分甘えさせて貰ってる

あそこに居るのが辛くて逃げるように

此処に来たし……

受け止めようと思っても受け止めきれなくて

泣いて縋ってしまった

北斗からも皆んなからも、星竜からも

姫としての役割や責任からも逃げた

全部自分のわがままだよ……

そんな私を優しい…なんて、勿体ない言葉だよ

知らず顔をうつ向けて居た私は首を横に振った

そんな私を温かくて柔らかい感触が包んだ

「詩ちゃんは本当に自分に厳しいわね。
だけど私達の言葉に嘘はひとつもないわよ?
自分が1番辛いはずなのに、私達の誰かが
少しいつもと違うだけで心配してくれたりして
それでどれだけ癒されたか……

ね?絵留も日向もそう思うわよね?」

「もっちろん!」

「そうだね」

涼風さんも絵留さんも日向さんも……

本当に大好きだ

声を大にして伝えたいな…ありがとうって……

だけど、それは無理だから

今の自分の精一杯の笑顔で頷いた

涼風さんの腕の中は、変わらず温かいなぁ

あの頃を思い出していると

更にその上から温かい腕が私を包んだ

「涼風だけズル〜イ!
詩ちゃんは私の天使なんだから
私もギュ〜する〜!!」

いつもの凄い力でギュウギュウされて

私と涼風さんは同時に呻いた

ぐ、ぐるじぃ〜!!

そんな私達を見ていた日向さんは

朱里ちゃんとコソコソ内緒話

そしてそれが終わると日向さんはニコニコ笑顔で

朱里ちゃんは、ほっぺを膨らませて

トコトコ歩いて私達の所にやって来た

そして次の瞬間……

小さな身体で怒りを露わにさせて

可愛すぎる仁王立ち!!

怒ってても可愛いなんて!!罪だっ!!

ギュウギュウされて苦しいながらも

1人悶えてしまう〜!!

「ママもえるちゃんも、めっ!!
うたおねいちゃんがいたいいたいなのっ!!
はなれなちゃい!」

朱里ちゃんの突然の行動に驚いた2人は

勢いよく私を解放した

未だに可愛い仁王立ちをする朱里ちゃんに

2人はまたしても、ごめんなさいと頭を下げている

「朱里〜、良く出来たね。
大好きな人を守れて偉いな〜!」

ニコニコ笑顔の日向さんに褒められて

満足したのか、とびっきり可愛い笑顔で頷いた

「うん!うたおねいちゃんは
あかりのだいしゅきなひとだもん!
わたちがまもってあげゆの!」

解放された私にギュッと抱きついた小さな身体を

私もギュッと抱きしめた

2人で熱い抱擁を楽しんでいると

涼風さんがおずおずと声を上げた

「お楽しみのところ申し訳ないんだけど……
もうすぐアイツらが来るの。
穂花の為ってのが気に食わないんだけど
今の状況は今後の事も考えてよろしくないから
詩ちゃんの為にも、アイツらの為にも
詩ちゃんの事話したいんだけど……
詩ちゃんの辛い経験を聞いて、今後どうするかは
アイツらと穂花だけど。
いいかな?話しても……
無理なら無理って断っても大丈夫だからね?」

皆んなに私の事を話す……

私の経験が何かの役に立つなら……

それが皆んなの為になるなら私は……

ただ、まだ北斗の顔を真っ直ぐに

見れるか自信がないな

私がそこにいない事を条件に承諾した

そして奏から、もうすぐ着くとの連絡を受けて

私は日向さんと朱里ちゃんと2階の

朱里ちゃんの部屋へと向かった










涼風side

詩ちゃんを日向と朱里に任せて

私は絵留と共にアイツらの到着を待った

これからアイツらに詩ちゃんのあの笑顔の下には

壮絶な過去があって、此処まで来た事を

話す予定だけど……

ちゃんと受け止められるのかしら?

普段は能天気なほど五月蝿い絵留も

その事を1番懸念してるのか

いつもより静かで大人しいわね

「詩ちゃんには、穂花やアイツらの為にもって
伝えたけどね……
私はホントのところ穂花の為とは思ってないわ。
詩ちゃんに本来の笑顔を取り戻させて
安心出来る居場所に帰したいだけ。
そこに安心して戻れるようにアイツらには
詩ちゃんを受け止める覚悟を持って欲しいの。
生半可な気持ちでいるなら容赦なく潰すわ」

私の怒りが伝わったのか絵留も頷いた

「詩ちゃんに嘘は吐きたく無かったけどね、私も。
だけど、私も涼風と同じ気持ちなのよ。
心理学者としても看護師としても
失格なのかもしれないけど……
あの子のした事が余りにも最悪すぎて
手当てしながらも殴り倒したかったわ。
自作自演で周りを騙して振り回して
それを全く悪いとも思ってないんだもん!
本当の苦しみを知ってる詩ちゃんは優しいから
あの子が頼る人間が居ないって言った嘘を
信じて、幼馴染くんをあの子に……
それにしても、幼馴染くんは総長なんでしょ?
なのに周りが全然見えてないわね。
涼風の弟、奏君の方がよっぽど分かってる」

「そうね、絵留の言う通り。
北斗は周りが全然見えてないわね。
昔から熱くなると周りが見えなくなるし
自分の懐に入ってる人間が傷付けられるのが
許せないタイプよ。
奏はそんな北斗を抑える為に冷静に
状況を判断してスマートに対処する……
だけど内側には熱いモノを持ってる男よ。
それを意図して出さないだけでね。
だからこそ穂花の真意にも気付いたはず」

大きく頷きながら思案顔の絵留を見て

さすが心理学者なだけあって

奏の本質を見抜いて凄いと思う

案外、奏と似たタイプなのかもね

奏は見た目は爽やかクールを装ってるけど

その実、中身は情熱を持ってる男

絵留は見た目ほんわかで、天真爛漫な性格だけど

中身は物事をクールに判断する女

性別も性格も見た目も違う2人だけど

思考や判断力は全く同じ

そして詩ちゃんを大切に想う気持ちも……

人間やっぱり見た目じゃ分からないってことよね!

そんな事を考えていると何やら外が五月蝿い

来たわね……

言葉を交わさずアイコンタクトだけで

会話する私と絵留は詩ちゃんの辛い過去を

話す覚悟を決めて、リビングの扉が開くのを

ジッと見つめた

ーガチャ

奏を先頭に幹部の子達、そして…

詩ちゃんを傷付けた張本人、北斗が入ってきた

「姉さん、遅くなってごめん。
……詩ちゃんの様子はどう?」

この子は本当に詩ちゃんを大切に思ってくれてる

此処に居ない事を瞬時に理解して心配してるもの

それに他の子達も……

だけど…北斗、あんたやっぱり腹立つわね!

さっきより顔付きも目の力も変わったけど

傷付けてから気付いても遅いんだよっ!

1発行っとこうかしら!

私の纏う空気を感じたのか絵留がいつもの調子で

空気を和らげた

「奏君、大丈夫よ〜!
とりあえず君達も空いてるところに座りなさいな!
立ったままで話は出来ないからね〜!
涼風、とりあえずお茶淹れてよん。
あっ!ちなみに私はアイスティーね!」

「絵留……此処私の家なんだけど!
っていうか!
欲しいなら自分で用意しなさいよね!
私はあんたの召使いじゃないっての!」

いつもの雰囲気になってぎゃあぎゃあやり合う

私達を正気に戻したのは、日向だった

毎度毎度止めに入るのは日向だけど……

「日向、なんで降りて来たの?」

絵留と顔を見合わせてしまう

そんな私達に苦笑いしてキッチンに立つ

「あれだけギャアギャア騒いでたら
話が進まないんじゃないかと思ってね。
それに…
朱里が『パパっ!ママたち、うるしゃい!』って
怒ってたから、しぶしぶね?」

「やだっ!上にまで聞こえてた!?
あとでまた怒られるわね〜、困った!
でも良かったわ、来てくれて。
私と絵留じゃ、またやり合うから!
日向は私達のストッパーだし!ね、絵留?」

「だよね〜!
やっぱり私達は3人でひとつなのよ!
私と涼風とひーくんとっ!!」

絵留と笑顔で手を取り合うと日向は

何故かニコニコ笑顔

何なのよ、その笑顔はっ!!

「トリオみたいで嫌だけど……
僕達を良く知る、大切な人と同じ事言ってるから
嬉しくてね。
その人からすれば僕達は、太陽と月と星……
そう言ってたよ、懐かしいね」

太陽と月と星……

≪いつもニコニコ明るい太陽みたいな絵留さん

暗闇の中に居ても一筋の光で導いてくれる
星みたいな涼風さん

そんな2人と私を優しく見守ってくれる
お月様みたいな日向さん≫

出会って数年後に私達にくれた言葉だわ……

出会った頃は感情も表情もなくて

声も失ってたから

喋るのは、大抵が私と絵留で

それをニコニコしながら見守る日向

そんな私達3人を光を失った瞳で

ただジッと見つめていただけの詩ちゃん……

それが年数が経つにつれて変化していく事が

どれほど嬉しかったか分からないわ

笑顔で私達を太陽と月と星なんだって

伝えてくれた時、後でこっそり泣いちゃったし…

思い出すだけで懐かしくて泣きたい気分になる

あの頃の自分を思い出していると

日向に現実に引き戻された

「さぁ、飲み物用意出来たよ。
そろそろ本題に入らない?」

「だよね〜!
ひーくん、飲み物ありがとうね〜!
じゃあ早速だけど、話そうか。
詩ちゃんのことを話す前に、ひとつ報告ね。
幼馴染であるあの子の事だけど……
診察の結果、あれは他者による暴力によって
出来た傷ではなくて自作自演よ。
何を思ってそうしたかは知らないけど
あそこにあの子を匿う必要性は全く無いってことは
伝えておくわね!
自作自演の理由は、あなた達で聞いてね?
私はなんとなく思い当たる理由があるけど
こういう事は自分達で聞いて判断して欲しいな。
………じゃあ、あの子の話はとりあえず
今はおしまいにして、詩ちゃんの話。
詩ちゃんの過去の話ね」

絵留の視線を受けて私は頷いて深呼吸した
















涼風side

「詩ちゃんと出会ったのは、私達がまだ大学1年生で
詩ちゃんはまだ9歳だった……」

私はあの頃の自分達と詩ちゃんとの出会いを

思い浮かべていた

私と絵留と日向の3人は色々なボランティアに

参加するうちに度々顔を合わせた事がきっかけで

仲良くなっていった

そんな私達がボランティアで訪れた孤児院に

9歳の金髪碧眼の詩ちゃんに出会った

そこにいる子達は、それぞれに何かを抱えて

そこで暮らしている子達だったけど

詩ちゃんはその中でも、当時はかなり異質の

存在として、そこに居た

容姿の所為なのか、それとも声を失い

感情も表情もない、まるで人形のようだったからか

孤児院の他の子達から一線を引かれてた

それが気になって3人で思ったことは、ただひとつ…

この子に笑顔を取り戻させてあげたいって事だった

それからの私達の行動は早かったと思う

園長先生に詩ちゃんの話を詳しく教えて貰った

詩ちゃんはお母さんがアメリカ人で

お父さんが日本人のハーフとして生まれた

そのお母さんは詩ちゃんが4歳の頃に

交通事故で亡くなった

その理由が余所見運転する車から、

詩ちゃんを庇って帰らぬ人になったらしい

その後から、お父さんによる暴力と罵声を

受け続けて、心に傷を負ったストレスによって

声も感情も表情も失くしてしまった

隣人からの通報で孤児院に保護されたのは

お母さんを亡くしてから3年後の事だったらしい

7歳になった詩ちゃんは暴力や罵声を浴びせられても

お父さんから離れる事を嫌がって

孤児院に保護される事を頑なに拒否していた

身体中に無数の傷や痣、声を失っても

お父さんと離れる事を拒み、首を縦には振らなかった

でもお父さんが詩ちゃんを拒絶した

『大切な人を失うのは耐えられない』と……

そう答えたお父さんのその言葉の真意は

事故で亡くなった妻と、自分自身で傷付けて

しまった娘をいつか死に追いやる可能性を

感じたからかもしれない…

涙を流し、そう話したお父さんを

詩ちゃんはジッと見つめて、小さく頷いたという

その当時の詩ちゃんの気持ちを高校生になる前に

打ち明けてくれた時、私達は涙が溢れ

心を鷲掴まれたように苦しかった

≪私のせいでママを亡くして
パパは凄く苦しくて仕方なかったと思う。
だけど、その苦しみをどこにもぶつけられなくて
気持ちの行き場に必死にもがいてた。
結果的に私に暴力を振るうことによって
自身を保ってたのかもしれない…

私もママを死なせた罪を背負いきれなくて
パパからの暴力で償おうとしてた。
決して消える事はない罪を傷として身体に残して
刻み付けて貰いたかった……
パパの愛する人を奪った罪人として。

お互いに苦しみから逃げた結果だったんだと思う

パパは暴力で、私はそれを受け入れて傷を刻む
それが間違った方法だって気付いたのは
パパの方が先だった。
私はパパに『大切な人を失いたくない』って
泣きながら言われて初めて気付いたの。
私が罰として受け入れてきた行為は
ママを失ったパパを更に追い詰めるだけの
苦しめるだけの行為だったんだって……
だからパパが私を突き放したのは
私に対する愛情のひとつだって思ったんだ。
だから声を失っても最後にそれが分かって
凄く嬉しかったの!≫

そう打ち明けてくれた時の詩ちゃんは

私達が望んでた綺麗な笑顔だった

「そうだったね……
それを聞いて、詩ちゃんは本当に優しい子だなぁって思ったもん。
例えどんな理由があったとしても親から暴力を
受けて、そんな風には思えない。
自分が受けた暴力で傷付けられても
傷付けたお父さんを苦しめてたんだって思える
詩ちゃんは優しいだけじゃなくて、凄く強い…
さすが、私の天使よね〜!」

「そうよね……
本当に天使みたい。
っていうか、聖母マリアよ!」

熱く天使かマリアかで白熱討論する私と絵留に

水を差したのは、奏だった

「詩ちゃんが傷だらけの人を放っておけないのは
そういう過去があったからなんだね……
そんな辛い事があったのに誰を恨むでもなく
自分を責めるなんて。
器が大き過ぎて逆に心配になるね。
自分の気持ちを秘めて常に周りには惜しみなく
優しさや温かさをくれるから……
今回の事もきっと穂花の事を思って
行動したんだろうね」

口元に笑みを浮かべているけど

瞳は悲しみが滲む奏を見て、私も切なくなる

「そうね……きっとそうだと思うわ。
同じ境遇の穂花を思って離れる事を決めたのよ。
なのに、自作自演って!!
その事にうすうす気付いてた私と確信してた絵留は
詩ちゃんの事があるから分かったってのもある。
だけど!北斗!!
あんたは幼馴染のくせして、そんな事にも
気付かないうえに詩ちゃんを泣かせて!!
それでも族のトップなのっ!?
あんた以外の此処に居る奴は気付いてたわよ!
ホント情けない!
あんたに詩ちゃんはもったいないわ!」

興奮する私を優しく包み込むのは日向

「涼風、落ち着いて。
怒りたいのは分かるけど、話はまだ途中だよ。
僕達が見てきた詩ちゃんの辛い過去はまだある……
とにかく涼風は一旦クールダウンして」

日向に言われて私もそうだなって思うから

絵留にバトンタッチした

「涼風の代わりに私が詩ちゃんの過去の話の続きを
話すね!
あれは詩ちゃんが何歳位の時だったかなぁ?
私達と出会って少しだけ表情を浮かべられるように
なった頃だから……12歳?だったかなぁ?
ねぇ、ひーくん」

「そうだね、ちょうど六年生の時だったかなぁ。
3年かけてやっと表情を浮かべられるように
なったのに……
子供はたまに残酷だからね」

絵留と日向、そして私が一様に同じ表情を浮かべ

暗くなった時……

可愛らしい男の子が声を発した

「お父さんから暴力を受けてただけでも辛いのに
まだ詩ちゃんは辛い思いをしたの?
その事が今回の件に関係あるって思うのは
僕だけ?」

可愛らしい顔立ちで眉間に皺を作る子は……

「あなた、名前は?」

私の言葉に真剣な表情を浮かべながら

答えてくれた

「僕は、藤吉奈留っていいます!」

この子は見た目が可愛らしいだけの子じゃない

これから話すことと今回の件が密接に関係してる事

勘付いてるわね……さすが全国ナンバー1の幹部ね

「では、私がその質問に答えるわね!
奈留くんの言う通り、今回の件が密接に関係してる
詩ちゃんは……」










絵留side

詩ちゃんと孤児院で出会ってから3年経った頃…

表情を浮かべられるようになってきた事に

私達は涙が出るほど嬉しかったなぁ〜

だけど、12歳を迎えた頃から少しずつ

また表情が無くなっていく事に気付いて

それとなく話を聞いたのを覚えてる

詩ちゃんから聞いた話は子供特有の

素直さと真っ直ぐさが出た

残酷な言葉たちで

声も出せなくて感情も表情も失った

詩ちゃんと仲良くなりたがる子は居なくても

それでも私達が居るから、いいんだって

頬を少し緩めた詩ちゃんは

その時の事をゆっくりノートに書き綴ってくれた

内容はそう……

クラスでも1人孤立していたけど

ある日突然、1人の男の子に声を掛けられたらしい

その子は同じクラスで詩ちゃんとは正反対の

表情が豊かでクラスでも人気のある子で

声を掛けてくれた時は凄い驚いたって言ってた

その日を境にその子、一色晴翔(いっしきはると)くんは

常に詩ちゃんに話し掛けて傍に居るようになった

声も出せない、感情も上手く出せない自分と居ても

つまらないんじゃないか?

そう打ち明けたら、一緒に居たくて傍に居るから

つまらなくなんてないと……

好きだから、守りたいからと言ってくれた

その言葉を聞いて初めてのお友達が出来たと

凄く嬉しかったって少し笑みを浮かべてた

こんな自分でも受け入れてくれる人が

此処にも居るんだって……

だけど、親しくなってしばらくした頃

図書室で本を借りて帰る途中に

一色くんを見かけた詩ちゃんは

当時、2人でよく読んでいた本の新刊が出た事を

教えてあげたくて走り寄ろうとした

だけど、一色くんに近付く1人の女の子が現れて

邪魔しちゃいけないと少しだけ離れて歩いていた

その時、聞こえた言葉に足が動かなくなった

「晴翔〜、最近星川さんとよく一緒にいるけど
もしかして好きとかじゃないよね?
彼女は私だし、好きなのも傍に居るのも守るのも
私が1番で最優先だよね?」

一色くんにそう問いかけた女の子に一色くんは

笑顔で、こう答えたらしい

「星川さん?別にただのクラスメイトで
好きでも嫌いでもないよ。
ただクラスで1人孤立してるから構ってあげてるだけ
だから安心していいよ。
彼女は美憂だし、好きなのも傍に居るのも守るのも
美憂が最優先に決まってるだろ?

あの子は孤児院育ちだから可哀想なだけで
好きなんて感情は全くないし」

「やだ、晴翔〜!星川さん可哀想!
でもそうだよね〜!
あんな見た目だし、声も出せないし
無表情で何考えてるか分かんない子なんて
本気になる訳ないよね!」

「当たり前だろ?
あんな人形みたいなの、居ても居なくても
俺には関係ないよ。
仕方なく一緒に居てやってるだけ!
俺、優しいから!はは!」

2人の会話を聞いて怒りよりなにより

ただ悲しかったって……

自分はやっぱり誰からも必要とされてなくて

同情と哀れみの対象であるだけなんだって……

そして同時に、そんな自分と過ごさせてしまって

申し訳ない気持ちになったらしい

だから、それから詩ちゃんは一色くんに

悟られないように少しずつ距離を置いて

今はまたクラスで1人で過ごしてる

「その話を聞いた時は腹わたがグツグツよっ!
なのに、当の詩ちゃんは悲しそうに笑うだけで
その2人を責めるどころか、ただ……
こんな自分に付き合ってくれただけで
楽しかったって言うのよ!?
彼の大切な人との時間を奪ってしまって
申し訳ない気持ちだって……

本当に詩ちゃんは心底優しすぎるのよ……

人に対して過度な位に心を向けられる
慈悲と加護が溢れるマリア様みたいにね」

「私もその話を聞いた瞬間目の前が
真っ赤に染まったもの……
悔しくて悲しくて心が壊れてしまいそうだった。
だけど、自分には私達が居るから
それだけで幸せで、それ以上望むのは
もったいないって笑うんだもの……
自分がどんな扱いを受けても平気だけど
自分を大切にしてくれる人が同じ目に遭ったら
平気では居られないって言ってたわ」

涼風の言う通りなのよね

自分よりも周りに心を傾ける強い信念みたいな

強い心を持ってる

だけど本当は心の何処かで、誰よりも

愛されることを望んでいる気がしてならない

「そいつのせいで、詩は傷付いたんだな……
けど、それを聞いて納得したわ。
あいつが人を見た目だけで判断しねぇで
人の内側を見てくれる。
自分よりも周りに優しくて温かい心を持って
接する事が出来るのは、そういう経験があるから」

金髪モヒカン君が、忌々しく舌打ちをした

「そうよ……
人は傷付いた分だけ人に優しくなれるの。
詩ちゃんは、その中でも群を抜いて1番よ。
本当に心に沢山の傷を抱えているのに
いつも笑顔であろうとするの……

だけど今回は……

その心もポッキリ折れたみたいだけど」

私は当事者である彼をジッと見据えた

あなたは、これをどう対処するつもり?

1度開いた傷を塞ぐのは簡単な事じゃないわ

ただのかすり傷ではない、身体の内側……

心の傷は慎重にならないと塞がるどころか

大きく開いて閉じられないかもしれない

「あなたは今回の件をどう受け止めて
対処するのかなぁ?
1人の人間、いえ……男として。
詩ちゃんが本当に好きなら
しっかりと覚悟を持って向き合いなさい。
本当に手放したくないのなら。
詩ちゃんを本当の意味で受け止められないなら
今すぐ、此処を去ることをお勧めするわ」

私の言葉に、此処に居る全員が彼に目を向けた

そして私の言葉を受けて顔を上げた彼の瞳は

強い光を放ち、覚悟を決めているように見えた


















北斗side

俺の頭の中は、出逢った頃から

いつも眩しい笑顔を放つ詩で溢れている

あの笑顔の下に、こんな過去があったなんて

予想を遥かに上回っていた

確かに穂花と同じような境遇ではあるが

それとは比べ物にならない程

残酷で悲しい過去だ

こんなもんは比べるもんじゃねぇけど……

受け止める覚悟か……

そんなもん、詩と出逢った時から

傍に置きたいと願って、好きになった時から

出来てる

けど、それは“出来てるつもり”だったのかもな…

詩の過去を知らなかったとはいえ

他の女に目を向けていたのは事実だ

俺からすれば、幼馴染とのいつものやり取りだが

何も知らない詩にしてみれば

過去のダチと同じような事をしているように

見えたろうし、聞こえたはずだもんな

例えどんな理由があるとしても

初めて好きになった女を泣かせて傷付けた

それはまごう事なき事実だ

1度失った信頼と気持ちを取り戻すのは

簡単じゃないが、諦めて離れるなんて事は

1ミリも考えてない

傷付けたのが俺なら、それを塞ぐのも俺だ

もう1度この手に詩を取り戻す

ちゃんと説明して誤解を解いて

詩の気持ちを聞いて、この手に抱きしめたい

詩……泣かせて傷付けて、ごめんな

今度は絶対に泣かせはしねぇから

「今回は迷惑かけて申し訳無かった。
俺にとっては穂花は幼馴染であり妹みたいな奴で
親父さんとのことがある時に使う言葉で
助けた気でいたけど……
それが根本的な解決にはならねぇって事が
詩の過去を聞いて分かった。
詩がそうだったように、穂花も自分から
変えようと意識させなきゃいけないことなのに
昔からの言葉で何とかしようとした。
考えが浅はかで、何の解決にもならないって
よく理解出来た。
そのせいで詩を泣かせて傷付けたこと……
反省してます。

俺にとっての唯一の存在で守るべきヤツは
今までもこれからもずっと変わらず、詩、ただ1人。
どれだけの時間がかかっても
2度と離さないように守っていく。
詩の過去を聞いて改めて思えた。

詩が大切に想う人になりてぇと思ってる。
詩と2人で話したい」

俺の話に此処に居る奴等は皆一様に

大切な詩を傷付けたんだ、当たり前だろうがって

顔して呆れた表情と視線を向けてきた

それでも俺の決意も気持ちも変わりはしない

詩が話すことを許してくれるなら

俺の決意と覚悟を持って向き合いたい

俺の話を聞いた涼風さんが話し出した

「北斗の気持ちは分かったわ。
詩ちゃんが話し合いに応じたなら
その時は2人でゆっくり話せるように
この家を貸してあげる。
もちろん、その時は私達は席を外すから。

だけど……

その前にまずは穂花の事を解決すべきよ。
あの子が自作自演までした経緯とうべきか
一体何がしたかったのかをね。
北斗と2人にしたりなんかしたら
また話がややこしくなるんだから
今此処に連れて来なさいよ。
ちょうど心理学の先生もいるしね〜、絵留?」

「そだね〜!
北斗くんとあの子を絶対に2人になんかさせな〜い!
今は詳しく言わないけど、あの子が来たら……

ふふふ〜!!化けの皮、剥ぐからね〜!!

私の大切な天使を傷付けたことを
たっぷり後悔させてやるんだから!!

って事で!
早く連れてらっしゃ〜い!!」

涼風さんも絵留さんもニコニコしてるけど

目が笑ってねぇよ

詩と同じ女なのかと疑いたくなるな

けど、穂花との事を解決出来たら

詩と話せるんなら、とっとと解決してぇ!

傍らに座る奏に視線を送ると

やれやれといった感じで立ち上がった

「じゃあ僕が迎えに行ってくるよ。
連れ帰って来るまでには
このピリピリした雰囲気、どうにかしておいてね?
流石に素人の穂花でも、この空気は読めるから。
まぁ、その辺は姉さん達に頼むよ。

じゃあ、行ってくるね」

空気を読むことに長けている奏が言うんだから

そりゃそうかと納得しちまうな

なんせ現役の俺らよりも

目の前の3人から来る笑顔の威圧感が半端ねぇ…

それに絵留さんが放った言葉が気になる

“自作自演”

穂花を指して言ってるみてぇだし

それに化けの皮を剥ぐとか物騒な言葉も

出てきたしな

俺には穂花の真意がまだ見えねぇけど

この3人には見えてるんだろうな……

それがどんな真意かは俺には今は分かんねぇけど

詩と向き合う為に必要であるなら

どんな事だろうと解決してみせる
涼風side

奏が出て行った後の部屋の中は妙な静けさで

私達3人を含めて他の子達も

誰一人として口を開かない

だけど、私はこの雰囲気が有り難い

それだけ、これからの事を

真剣に考えている証拠だからね

でも……

それにしたってこの子達、面白い

これから来るであろう穂花に対して

敵意剥き出しなんだもん!!

もちろん私も同じ気持ちだけどね〜

穂花にネグレクトの本当の怖さを……

ネグレクトによって失うものと得るものがあること

もちろん失うものの方が多いんだけど

それには遠く及ばないけど得るものがあることも

キッチリ教えてやんないとね

それとは別に、嘘で人を操る行為が

誰かを傷付けてしまうことになるか……

そして苦しませることになるかを分からせる

ほんと、これだから自己中の自意識過剰女は

厄介なのよね〜

ピンと張り詰めた空気の中

1人ほくそ笑む私を日向と絵留が

呆れた表情を浮かべて見てたなんて知らなかった

早くも臨戦態勢の私は今か今かと待ち構えていた

ーガチャッ

突然開かれた扉の先に奏と穂花が現れて

更に部屋の中はピリピリムード

これから起きるであろう結末を知らない

呑気な穂花はニコニコしながらやって来て

北斗を見つけるなり擦り寄る始末だ

アホだ、この子……

そんな穂花に冷たい視線を向けているのは

この場に居る全員が同じ

ちょっとは空気読めよっ!!

内心、腹わたが煮えくり返っていると

聞こえてくるのは甘ったるい声

「北斗〜!さっきは送ってくれてありがとう〜!
まさか今日のうちに又会えるなんて
穂花嬉しい〜!!
それに北斗のお仲間さんもいるし!
あ、さっきはありがとうございまーす!
手当てして下さった方……絵留さん?だっけ?
あと、奏くんのお姉さんもお久しぶりですね〜!

奏くんに誘われてお邪魔しちゃいましたけど
何の集まりなんですか〜?」

この子はどこまで鈍感なんだろ?

この空気の中、ニコニコしながら居れるって……

それかもしくは……

自作自演なんて馬鹿げてて浅はかな事するんだから

ニコニコしながらお腹の中は真っ黒で

策士なのか……

まぁ、私の予想ではこの場にいる段階では

前者の方かなぁ〜

ってか、誘われてって、奏は一体なんて言って

此処に連れて来たんだか……

「奏、何の説明もなしに……なのかな?」

私の引き攣り笑顔に冷笑を浮かべて

「きちんと……とは言えないけど
皆んなでワイワイ集まってるから
ゆっくり話さない?って誘ったよ?」

我が弟ながら、冷笑が怖いわね

けど、遠からずもって感じかな、誘い出すには…

「そう。
じゃあ、皆んなでワイワイ集まってる事だし
ゆっくり話しましょうか!
ところで……
穂花、久しぶりね?
怪我したみたいだけど…大丈夫なの?
事情は奏から聞いたわ。
大変だったみたいね……」

私の完璧な作り笑顔に

心なしか日向と絵留、奏は肩を震わせ

笑いを堪えている模様

あんた達、あとで覚えてなさい!

ひと睨みすると、ぴたりと動きを止めた

そんな私達の様子に全く気付かない穂花は

ニコニコしながら、こちらに顔を向けた

そして一瞬で悲壮感を漂わす表情を浮かべた

その変わり身の速さに驚き半分と呆れ半分だ

「はい……実はお父さんからまた……
今回は昔ほどではなかったんですけど。
でも久しぶりだったせいか怖くなって
北斗に助けを求めたんです。

そしたら一緒に居てずっと守ってくれるって……
好きだって言ってくれたので甘えちゃいました。
だけど倉庫には泊まらないで家に帰されたから
不安だったんですけど……

こうして会えて嬉しいです!」

実際暴力を振るわれたら

普通の人間なら、こんなニコニコしないんだけどね

まぁ、自作自演だから当たり前よね

っていうか……

好きだと言ってくれたって言った?

いくら幼馴染で、暴力を振るわれて泣きつかれても

好きな女の子がいるのに何言ってんの!?

しかも誰が聞いてるかも分からない倉庫で!!

穂花も穂花だけど、北斗も北斗よ!!

それを聞いて泣く詩ちゃんの姿を浮かべたら

胸が張り裂けそうよ……

女心が全く分かってないわね!!

そんなホイホイ“好き”なんて言って

自意識過剰の勘違い女をつけ上がらせるだけよ!

「へぇ〜そうなの?北斗がねぇ〜……
だけど、私達がさっき聞いた話では
穂花じゃない別の人が好きみたいよ?
ねぇ、北斗?
本当のところはどうなのかしら〜?」

私はニッコリ笑顔で北斗を見つめる

私の極上スマイルに呑気な穂花以外が

顔面蒼白になってるなんてつゆ知らず……

私はただただ北斗の真意を聞きたくて仕方がない

そこに何の意味も感情もこもってなくても

言葉を受けた側も、聞いてしまった側も

言った本人の本当の気持ちなんて分かるはずがない

心の中が透けて見えるんじゃないんだもの

だからこそ言葉は丁寧に慎重に発しないと

いけないと思う

「穂花、俺は幼馴染としてって意味で
昔から伝えてきた言葉を話しただけで
異性としてじゃねぇんだ。
勘違いさせて申し訳ないと思う……ごめんな。
俺には特別で大切な奴が居て
心から守りたいと思ってる好きな女がいる」

北斗の真剣な表情に穂花は一瞬呆然としたけど

次の瞬間には、顔を真っ赤にして睨みつけた

「私は小さい頃から北斗の特別だと思ってた!
好きだって……守るって言ってくれたよね!?
なのに、どうしてそんなこと……

もしかして……あの子なの?
倉庫に居た金髪の女……
あの子がいるせいで素直になれないだけだよね?
だってあの子、見た目は良いかもしれないけど
喋れないんでしょ?
何の役にも立たない欠陥品じゃない!
北斗は優しいから同情してるだけよ!
ねぇ、そうでしょ?
北斗の優しさに漬け込んで、私と北斗の間を
邪魔するなんて許せない!!
姫である事も、北斗の傍に居る事も
あんな子よりも私の方が相応しいのに!!」

話せば話すほど、本性丸出しになってるって

気付いてないのかしらね〜

でも、急に北斗の前に現れたワケが分かったわ

勘違いさせるような態度を取った北斗が悪いけど

だからって、何の罪もない詩ちゃんを

侮辱して排除しようとするなんて最低だわ

好きな男を想う、その女心は理解できるけど

やり方が卑怯過ぎる

穂花の言葉で部屋の中の空気は一瞬にして

温度が下がった

今の言葉で元々好意的ではなかった穂花に

此処にいる全員を敵にまわしたわね

「穂花は昔も今も幼馴染の1人でしかない。
好きだって言うのも幼馴染としてだ。
勘違いさせたなら悪いとは思うが
穂花を1人の女として見たことは1度もない。
これから先も、それは絶対に変わらねぇ。

俺が唯一そう想える特別な女は詩1人だけだ。

それから、あと1つ……
詩は役立たずでも何でもねぇよ。
俺を含めた星竜の奴等も、詩を大切に想ってる。
話せなくても、それは俺らにはなんて事ないことだ
あいつは誰よりも優しいし、誰かの為に尽くしても
何の見返りも求めたりしない。
同情なんかじゃねぇよ。
俺はあいつに心底惚れてる……
あいつに出会ってなくても穂花を好きになることは
ねぇよ」

北斗の真っ直ぐな眼差しと言葉を聞いても

納得していない

さぁ、この場をどうおさめるのかしらね……

「穂花、北斗の言葉は真実だよ。
確かに北斗からの言葉は勘違いさせるような
ものだから反省すべきだと思う。
だけど、僕も幼馴染として言った事もあったよね?
僕も北斗も幼馴染として接してきた。
そこに情はあったけど恋愛の情は全くなかった。
穂花には受け入れたくない事だと思うけど
北斗の気持ちは詩ちゃん、ただ1人に向けられてる。
この先それは変わる事はないんだよ」

静かに諭すように話すのは奏だった






























北斗side

穂花が俺に異性として好意を持ってたなんて

知らなかったな

俺からしたら手のかかる妹みたいな存在だった

小さい頃の穂花は頼る人間が俺や奏しか居なくて

寂しいだろうと安心できる言葉を掛け続けた

それが穂花を勘違いさせることになったなら

申し訳ないと思う……

けど、穂花の気持ちに応える事は

これから先もずっと、きっぱり無いと言える

それが穂花を傷付けることになるとしてもだ

今回の事で大切な女を傷付けることになった

でも2度と泣かせたり傷付けたくねぇ

傍で笑ってくれるだけであったかくて

あの小さな身体を優しく包んでやりたいと

そう想えるのはこの世で詩1人だ

生まれて初めて、愛しいと想える特別な存在……

詩の存在があるだけで胸ん中があったかくて

嬉しい、楽しい、独占したい、離れたくない

考えるだけで気付けば口元が緩む

早い話が、詩が傍に居てくれたら

それだけで俺は幸せになるんだよな

そんで、過去を知って益々感じる

他の誰でもなく、俺がこの手で守りたいと思う

その為には穂花との事をきっちり片付けねぇとな

「穂花が俺を好きで居てくれるのは嬉しい。
けど、俺はその気持ちに応える事は出来ない。
俺にとって穂花は昔も今も、これから先も
妹みたいな存在であり続ける。
俺が唯一大切に守ってやりたいと思うのも
愛しいと感じるのも詩1人だ。
これを聞いて納得して貰えねぇなら
幼馴染としても距離を置く。
穂花には悪いが、お前の存在が詩を傷付けるなら
俺は容赦なくお前にも牙を剥く」

俺の言葉を受けた穂花は唇を噛んで俯いたまま……

膝の上で握られた拳は微かに震えているが

ここで落ち着かせようと手を重ねるのは違う

もう今までのようには出来ねぇんだ

これがもし詩であったなら

握りしめて抱きしめたいと思う

悲しみも苦しみも受け止めてやりたいと……

だが、詩ではない誰かにはしたいとは思わねぇ

「突き放すことになるのは分かってる。
けど、詩を大切に想う以上
穂花を受け入れるのは無理だ。
俺がこの手に抱き締めたいのはあいつだけだから」

俺の言葉を受けた穂花は目を真っ赤にして

唇を噛んだ

「……分かった。
私の気持ちは絶対に受け取って貰えないって
ことだよね?」

「あぁ」

涙を目に溜めて静かに頷いた穂花を見て

俺も、周りの奴らにも安堵の表情が浮かんだ