凛、幸、宏side
俺達3人は詩さんの護衛を兼ねて
毎日昼休みの時間を過ごした
抗争を控えた星竜の為に
自分に出来る精一杯のことをしたい、
みんなの役に立ちたいと
一生懸命取り組もうとする詩さんを見て
この人が姫で良かったと
改めて思っていた
抗争を迎えるまで俺達下っ端は
力をつける為毎日厳しい訓練を重ね
身体はクタクタだけど
心は今までにない程満たされている
訓練の後に詩さんからの温かい食事や
抗争前の俺達のピリピリした雰囲気を
笑顔や優しい言葉で和らげてくれるから
ナンバー1の座と詩さんを守りたいと
強く思える
詩さんが役に立ちたいと思ってくれるように
俺達も星竜の為に、姫の為に
役に立ちたいと思う
必ず貴方を守ってみせますからね!
詩side
北星の島田さんが学校に現れてから
1週間が経ち、ついに星竜の元に
1通のメールが届いたのは
いつものように下っ端のみんなと
鬼ごっこやゲームをして遊び疲れ
幹部室でひと息ついていた時だった
パソコンの画面に釘付けになっている
奏から、その内容が伝えられた
「明日の夜19時にここへ来るみたいだよ。
それから…」
言葉を突然切った奏は私に視線を移してから
北斗に視線を移し、爆弾を落っことした
「北星が勝ったときは…
詩ちゃんをいただく、だそうだよ」
…………へ?
私をいただく!?
私、食べられちゃうの!?
絶対嫌だぁ〜!!!
拒絶の意を込めて頭をフルフル振った
そんな私を落ち着かせてくれたのは北斗
「俺達は絶対に負けねぇから安心しろ。
それに…詩は俺らの大切な姫だ。
簡単に手放したりなんかしねぇよ」
星竜がどれだけ強いのか、私は知らない
だけど、不思議と北斗の言葉は
私を安心させてくれるし
信じられるんだよ
それに、他のみんなだって沢山
訓練頑張ってたのを私は知ってるもん
だから私はみんなを、星竜を信じる!
≪私、みんなを信じてる!
この1週間、みんなが沢山訓練して
頑張ってきてたの知ってるもん!
本当は怪我なんてして欲しくないけど
避けて通れない道だって分かってるから
私は私の出来る事でみんなを守るから≫
笑顔でノートを見せると
北斗達に笑顔が溢れて
私もまた笑顔を返した
「姫にこれだけ応援されたら
頑張るしかないよね」
「おうよ!絶対負けねぇ!
詩は俺らの大切な姫だからな!」
「そうだよ〜!僕たちには
強〜い味方の詩ちゃんがいるもん!
絶対勝つからね!」
「…負けない」
奏、錬、奈留、冬の言葉に
胸が震えた
目の奥が熱くて溢れそうになる涙を
頑張って抑え、笑顔で頷く
北斗に抱き抱えて貰いながら
幹部室を出た私達は明日に備えて
1階に溜まるみんなの元へと降りた
ざわざわしていたのがピタリと止んで
総長である北斗の言葉を待つ
シーンッとする倉庫に北斗の
低く落ち着いた声が響いた
「明日の19時、北星との抗争が始まる。
この1週間、訓練してきたことを
存分に発揮しろ。
それから、向こうからふざけた
メールが届いた。
北星が勝ったときは…詩をいただくと。
だが、俺達は絶対負けねぇ。
明日はそんなふざけたメールを寄越したことを後悔させるぞ!
明日に備えてしっかり身体休めとけよ。
以上だ、解散!」
「「「うおおおおお!!!!」」」
北斗の言葉で星竜のみんなが更に
ひとつになって気がした
いつものように倉庫に寝泊まりするみんなに
食事を用意して楽しく過ごした
明日には抗争が始まるのに
倉庫内は笑顔で溢れてて温かい
それだけで私の不安は心から消えたんだ!
明日の抗争が終わったら
またこうして笑顔で過ごしたいな!
片付けを凛くん達と終えてから
私は明日に備えて準備した
沢山の救護セットを1階の備品室に
置いて、これをなるべく使うことが
ないように祈りながら
北斗の居る総長室へと向かった
ーコンコン
ノックしてから扉を開けると
ベットのヘッドボードに背を預け
雑誌を読んでいた北斗に近付いた
私に気が付いた北斗においで、と呼ばれ
大きなベットによじ登る
ベットの上で胡座をかいた北斗は
膝の上に乗せて私をギュッと抱きしめた
「明日は詩にとって怖い思いをする
出来事が目の前で起こる。
俺達も無傷では済まないが、それでも
必ず勝つから…
笑顔で迎えてくれな」
北斗の胸から鳴る音に耳を傾けて
私は頷いた
腕を緩めた北斗の優しい眼差しに
見つめられてドキッとした
あれ?
いつもの見慣れた光景なのに
心臓がトクトクと早鐘を打って
身体中が熱くて、なんだか変だよ…
私、どうしちゃったんだろ?
首を傾げて考える私のおでこに
一瞬、柔らかいものが触れた
それが北斗の唇だと分かるのに
数秒かかった
え?今の、なに?
おでこを押さえて
真っ赤になっているであろう私の
顔を見て北斗は意地悪な笑みを浮かべ
「顔、真っ赤だぞ」
と、ニヤついた
もうっ!なんて事するの!
怒りながらポカポカと北斗の胸を
叩きながらも不思議と嫌じゃなかったことに
驚きながら、恥ずかしくて
私はプイッと顔を逸らせて膝から降りて
布団を頭から被った
鳴り止まない心臓の音を感じながら
私はそのまま深い眠りについた
北斗side
くくくっ…面白しろすぎだ
明日の事で不安だろうと思って
気持ちをほぐしてやろうかと
軽くおでこにキスをしたら
顔真っ赤にして…
恥ずかしいのか布団を頭から被って
ふて寝する始末だ
クソッ!可愛すぎだっつの!!
正直予想外の反応で
可愛すぎて抱きしめそうになったが
今はまだやめておいてやるよ
未だ、布団を被ってミノムシ状態の詩に
目を向けて、心の中で呟く
北星との抗争が無事終わったら
俺の気持ちを伝えるか…
その時、詩はどんな反応すんだろうな
鈍感無自覚だから、首を傾げるか
大きな瞳を目一杯広げて驚くか
小さな口を大きく開けてポカンとするか
それとも…
さっきみたいに顔を真っ赤にするか
今からすげぇ楽しみだ
自然と笑顔になれる自分に驚く
今まで俺という人間を暴走族の総長か
俺の家柄、見た目だけでしか
見て貰えなかった俺を
仲間以外で初めて
俺、流川北斗という1人の人間として
見てくれたのは、詩だ
それは俺だけが例外じゃなくて
奏や錬、奈留や冬、星竜の奴等も
口にはしないが詩を特別な存在として
見てる
けど、誰にも渡したくねぇんだ
初めて好きになった女だから…
守りたいと思ったのも
笑顔を1番に見せて欲しいと思うのも
隣にいて欲しいと思うのも
詩、お前だけ…
スースーと寝息を立てて眠る
この小さくて、でも大きな存在の
詩を俺だけのものにしたい…
静かに眠る詩の布団をめくって
そっと後ろから抱き締めて
この温もりをいつも傍で感じられる
存在になりたいと願って
夢の世界に浸った…
詩side
カーテンの隙間から見える光に照らされて
目を覚ました私
ん〜…よく寝たぁ〜
今何時だろう?
携帯で時間を確認しようと
身体を起こそうとして気が付いた…
なんか、重いぃ〜!!
身体になにかが乗っかってるみたいな…
なんなの、一体!!
唯一動かせる頭をクルリと動かすと…
ええええええ!?
なんで?なんで〜!?
北斗の綺麗なお顔が間近にぃ〜!?
目線を下に向けると私の身体を
抱き締めるようにスヤスヤと眠る北斗
相変わらず綺麗なお顔だなぁ…
閉じられた瞼を縁取るまつげは長く
スーッと高い鼻梁に薄い唇
真っ黒でサラサラな髪…
って違〜う!!
重い原因はこれかぁ!!
うぅ〜ん!!動かない〜!!
北斗の腕から脱出を試みようともがいても
ビクともしない!
本当だったら大声で叫んで
起こせるんだろうけど
私にそれは不可能だ
むぅ…どうやって起こそうか?
ん?
あっ、そうかそうか…
声を出せなくてもあるじゃんか!!
唯一の方法が!!
怒られるかもしれないけど
この状態は非常に心臓に悪いんだよぉ〜
私だって一応女の子だもん!
ドキドキくらいは…するもん
心臓が完全に停止する前にやらねば!
えいっ!!
ーゴンッ
い、痛い〜!!!
痛がる私の背後から呻き声…
「…う、痛ぇ」
寝起きで掠れた声が聞こえたので
そろーっと後ろを振り返ると
おでこを押さえてこちらを睨む
我らが総長、北斗様!!
「詩…朝から何しやがる」
あの〜…はい、私の後頭部で
頭突きをしましたぁ〜!!
だってだって〜!!
手も足も使えない、声も出せない私が
起こせる方法はただひとつ…
唯一動かせる頭で起こすことなんだもん!
私悪くないよね!?
未だに後頭部が痛くて涙目の私は
視線だけで離して下さいと懇願してみる
すると、さっきまで睨みをきかせて
私を見ていた北斗は顔を真っ赤にして
更に身体を密着させてぎゅうぎゅうと
締め付けてきた
「あぁ〜、マジで可愛すぎだろ!」
か、かかか可愛い!?
何寝惚けた事言ってるの〜!!
私が可愛いなんてそんな事あるかぁ〜!!
この天然タラシめ〜!!
治まりかけていたはずの心臓が
胸から飛び出すんじゃない!?ってくらい
ドキドキ、バクバクしてるんですけど!!
…って
ち、違〜う!!
離れて〜!!
ジタバタして身をよじる私の耳元で
低く掠れた声を出す北斗の言葉に
私は石のように固まった
「もうちょい、このままでいさせろ。
離したくねぇ…」
北斗?
私を抱き締める腕はそのままで
首筋に顔を埋める北斗は
いつもの俺様で強引で
みんなのトップに立つ総長の北斗じゃなくて
ただの流川北斗という男の子で
なんだか少し、甘えん坊…
いつもの北斗じゃない気がして
私はドキドキする胸の音を感じながら
北斗の言葉のままに
北斗の腕が離されるまでジッとしていた
今日の抗争で不安に思うことがあるのかもしれないと思ったから…
常にみんなのトップに立つ責任とか
重圧とか、私には分からない何かが
北斗にはあって
甘えたりしたいのかもしれない
強い人は弱い人を守るけど
じゃあその強い人は誰が守るの?
弱音や愚痴、不安に思う事を
吐き出すことが北斗には出来ないの?
もしそうなら、私が
そうさせてあげられる存在になりたい…
私よりも遥かに強いこの人を
守りたい…
おこがましいと言われるかもだけど
それでも、いつも私に安心を与えてくれる
優しい北斗に何かしてあげたいって
そう思ったの
今だけはこのままで居てあげたいって…
背中から伝わる北斗の心音を感じながら
少しでも北斗の心が休まりますようにと
私はそっと目を閉じた…
詩side
あの後、昼前に起きた私と北斗は
幹部室でもうすぐ始める抗争を前に
みんなと待機中です!
でも…いつも元気な錬や奈留も
今日ばかりはすっごく静かで
幹部室にはいつもの和やかさは
一切なくて、少し緊張するなぁ…
静まる部屋にカチカチと鳴る時計の音が
やけに響いてるし、ここは私が
気の利く事言えたらいいんだけど
声が出せないからなぁ〜
こういう時、どうするのが北斗達にとって
いい事なのかが私には分からないよ…
そんな時、静寂を裂くようにドアが
ノックされた…
そこには凛くんが居て
「失礼します、北星が来ました」
と一言告げて扉を開けてくれている
そして、北斗をはじめ
みんなが静かに立ち上がり
私も北斗の膝の上から降りて
みんなに続き外に出ると
1階には星竜のみんなと対峙するように
島田さん率いる北星が倉庫内に入ってきた
文化祭以来の再会に背筋がゾクッとして
思わず北斗の特効服を掴んだ
気付かないうちに震えてしまっていた
私の手を
北斗の大きくて温かい手が大丈夫だと
言うように重なって包んでくれた
「俺らは絶対に勝つから大丈夫だ。
あんな奴に詩は渡さねぇから
心配すんな」
見上げた北斗に大きく頷くと
「行ってくる」
と、私と凛くんを残してみんなは
階段を降りて行った
1階に降りて行くみんなに私は
心の中で≪みんな無事でいて≫と願った
倉庫内には星竜のみんなと
北星の人達がわんさかと居て
満員電車か!って思わず
心の中で突っ込んだのは、秘密!
それにしても…
下から感じるピリピリした雰囲気が
2階の私の元にも届いてくる
今まで生きてきて、こんなにも
息苦しさを感じるのは“あの時”以来、かな…
あの時と今では状況は違うけど
この雰囲気は少し苦手、というか怖い
私の不安が顔に出ていたのか
はたまた、この状況に慣れているからなのか
分からないけど、隣に立つ凛くんの
言葉が私を支えてくれた
「詩さん、族に関わればこの状況は
日常的に起こり得るんです。
いくら強くても無傷では済みません。
けど…俺達には守るべき人がいる。
それが時には弱みにもなるんですけど
強みにもなる。
守り抜きたい人の為に戦いぬくこと…
そして、必ず勝つ。
詩さんがいる限り、星竜は
負けませんよ。
だから、信じて待ちましょう!」
凛くん…
真剣な表情を浮かべて下を見つめる
その凛とした姿に私は大きく頷いた
その時、下から聞こえたのは
初めて聞く島田さんの声で
その声は不気味な笑み同様に
背筋がゾクッとするような粘着質な声
「いや〜、本当に可愛らしい姫だね。
早く僕の所に連れて帰りたいよ」
私に視線を向けて話す彼の瞳に
今にも座り込みたいほど震える足を
踏ん張り、逸らすことなく見つめ返した
私が弱気になったら駄目だ
星姫として、しっかり前を向いていなきゃ!
私はみんなを信じてるんだもん!
ノートに大きく書いた文字を
踊り場まで降りてみんなに見えるように
掲げた
≪みんなを信じてるから!≫
それを見たみんなに笑顔が溢れて
北斗は真剣な表情を浮かべながら笑った
「当たり前だ。
大人しく待ってろ」
奏も錬も奈留も冬も笑顔で頷いたから
私も笑顔で頷いた
そして、お互いの総長の掛け声で
星竜と北星の戦いが今、始まった…
「さぁ、みんな姫を奪うよ〜」
「お前ら!絶対勝つぞ!
思う存分暴れろ!」
大きな倉庫内に響く、人を殴る音や
呻き声は耳を、目を塞ぎたくなるほどに怖い
だけど、私の為に勝つと言ってくれた
みんなを信じてるって約束したから
目を逸らしちゃ駄目なんだ!
そして最後には笑顔で迎えるんだから!
気付けばお互いの幹部と総長だけが
倉庫の真ん中に距離を保って立っている状況
そこからの勝負はあっという間だった
流れるように隙のない動きと
特効服を靡かせながら戦うみんなが
すごく輝いて見える
全国ナンバー1を守り抜いてきたから
強いんだろうなって思ってたけど
ここまで強いなんて…
息切れを起こしている北星に対して
星竜のみんなは息切れすらしていないし
傷ひとつ折ってない
改めて星竜の強さが分かった気がする
す、すごい…
感心している間に決着はついていた
片膝ついて北斗をはじめ星竜を見る
島田さんが自嘲の笑みを浮かべた
「あぁ〜…やっぱり強いね、星竜は。
僕らの負けだ。
僕らは今日をもって解散するよ」
そんな島田さんに不敵な笑みを浮かべ
北斗は口角を上げた
「当たり前だ。
俺らには大切な姫がいるからな」
北斗の言葉にフッと笑みを浮かべて
立ち去ろうとする北星の人達に
私は思わず走り出していた
私の突然の行動にみんなが声を上げたけど
私は背を向けて去ろうとする島田さんの
腕を掴んだ
驚いたのか目を見開く島田さんは
私をキョトンとした顔で見下ろしていて
後ろからは、みんなの焦る声が聞こえる
「「「詩さん!?」」」
「「「姫!!!」」」
「詩!何してやがる!離れろ!」
北斗の焦った声も聞こえてきたけど
島田さんの腕を掴んだまま私はみんなを
振り返り笑顔を見せた
そしてもう一度島田さんを見つめてから
手を離してノートに想いを乗せる
その間、島田さんはジッと動かないで
居てくれた
そして私は島田さんの目線にノートを掲げた
≪この戦いにどんな意味を持って
臨んだのかは私には分かりません。
私はまだこの世界に入ったばかりだから
詳しい事は分からない。
だけど、負けたから解散っていうのは
納得出来かねます。
北星も私達星竜と同様にそこは貴方達の
大切な居場所でしょう?
私はその居場所をこれからも大切に
して欲しいです。
北斗を慕っているみんながいるように
島田さんを慕ってくれる人達が居ること…
忘れていませんか?≫
暴走族に入る全ての人ではないかもしれない
だけど、居場所がなくて
そこを拠り所にしている人もいることを
私はここに来て知ったの
だから、負けたから解散…なんて
すごく寂しいの…
やっと見つけた居場所を失くすのは
光を失うことと同じだから
ノートに目を走らせていた島田さんは
何を思ったのか急にお腹を抱えて
笑い出しちゃった!!
笑われるような事書いたかなぁ?
首を捻る私を無視して未だに笑い続けてる
島田さんに、少しムッとしちゃう!
プイッとそっぽを向く私と
笑い転げる島田さんに
倉庫内が呆然としている…
というか、頭にハテナが飛んでいる
私も全然分かんないですけどっ!!
目尻の涙を拭いながら
私の頭に手を置いたのは島田さんだ
「君はすごく不思議な姫だね。
自分を奪うって言って抗争を
仕掛けてきた相手に
こんな事言うなんて…
でも、これで君が星姫になった理由が
分かった気がするよ。
星竜が羨ましいな」
そう言って頭を撫でた島田さんは
あの時の不気味な笑みじゃなくて
とても穏やかな笑顔…
きっとこれが彼の本当の姿なんだよね
それが見れて嬉しくて
私も笑顔を浮かべた…
その時…背後からものすっごく
怖〜い視線を感じて、ゆっくり振り返った
あ………
おでこに青筋を立てながら笑って
近付いてくるのは北斗で
その後ろでは奏や錬、奈留や冬が苦笑い
そのまた後ろの下っ端のみんなは
顔を真っ青にしてアワアワしてる
これって、もしかしなくても
ヤバイ感じ!?
私の頭の中で警鐘が鳴り響く
そして咄嗟に島田さんの背後に隠れた…
「ちょ、ちょっと!?
僕を盾にしないでよ〜!」
焦った声を出す島田さんを無視して
ぎゅっとしがみついていると
重くて低い北斗の声が聞こえて
恐る恐る背中から顔を出してみた
うん、すっごく怖い〜!!
笑ってるけど目が笑ってないもん!!
「詩、早くそいつから離れろ。
そんでこっちに来い」
そう言って島田さんの背中から
引き剥がされた私は北斗に
抱き締められた
怒らないで!の意味を込めて
腕の中から見上げると
大きな溜め息が倉庫内に響いた
北斗の後ろから顔を出した奏は
私が握り締めたノートをそっと取って
目を走らせていく
「詩ちゃんらしいね」
にっこりと笑う奏の後ろから
ノートを取り上げて回し読みする
星竜のみんな
そして奏と同じように笑って頷いた
「「さすが詩さんっすね!!」」
「やっぱり詩は優しいよな!」
「本当本当〜!」
「…(コク)」
錬や奈留、冬も笑顔だ
だけど…北斗は未だにブスッとしてて
拗ねた子供みたいだよ〜
島田さんを睨みつける北斗の目線を
ぶった斬るようにノートを滑り込ませた
奏に舌打ちをしながら目を通す北斗は
またまた大きな溜め息…
もう!なんで溜め息つくの!!
私、悪い事してないもんね!
ぷうっと頬を膨らませて北斗を
ジト目で見て怒ってますアピールを
してやりました!!
すると、なんで事でしょう!
さっきまで拗ねてた北斗は
影も形もなくて優しく笑ってる!?
お目目がポロリしちゃいそうだよ!
首を傾げる私に聞こえたのは
優しい北斗の声
「族の世界には色んなルールが存在する。
勝ったら存続、負ければ解散っつう
詩からすれば納得出来ない世界だ。
けど、それに囚われてばっかだったら
詩の言う通り居場所を失くす奴が
沢山出てくる。
それは俺も星竜も望んじゃいない。
島田、詩に免じて解散は無しだ。
だが、2度はないぞ」
島田さん率いる北星の皆さんに向けた
私達星竜の想い…届いて欲しい
北斗の腕の中でクルリと振り返り
笑顔で見つめる
「随分と姫に甘いんだね、流川は。
だけど、その言葉素直に受け取らせて
貰うよ。
詩さんもありがとう」
そう言って北斗と島田さんは
固い握手をして、抗争は無事に終了した
詩side
北星との抗争から早くも1週間が過ぎた
あの日、星竜と北星の両方に怪我人が
多数いて私は敵味方関係なく
怪我の処置に奔走していた
北星の皆さんはとんでもないと
慌ててたけど抗争は終わったんだから
そのままにしておきたくなくて
北斗と島田さんに直談判したの!
北斗は溜め息をついて
島田さんは苦笑いしてたけど
私のものすっごい勢いに根負けして
折れてくれました〜!
というか、怪我してる人が目の前にいるのに
ほっとける人なんているの?
私にはそんな事出来ないんだもん!
凛くんや幸くん、他の下っ端くん達と
星竜も北星も関係なく処置して回ったの
それからなんとか処置が終わって
北星の皆さんが
倉庫から帰る時、島田さんから
存続を許してくれた事と
怪我の処置をしてくれた事への
感謝をいつか返させて欲しいとの
申し出があった
何かあったら星竜に力を貸すという
ものらしいんだけど
困ってる人が居れば手を貸すし
怪我してる人が居れば処置するのは
当たり前のことなのに
すっごく律儀な暴走族さんだなぁって
尊敬しちゃった!
あくまで私達は敵同士だけど
危機的状況の時は動いてくれるんだって!
じゃあ仲間になればいいのにって思ったけど
それは少し難しいみたい…
暴走族って色んなルールがあるだなぁって
思った
そして、今日もいつもと同じように
下っ端のみんなと1階の溜まり場で
遊んでいた私に北斗から
呼び出しがかかりました
「詩、話があるから総長室に来い」
突然の呼び出しに首を傾げながら
私は総長室に向かった
ーコンコン
「入れ」
ドアを開けるとベットに腰掛けた
北斗が居て、なんだか真剣な表情…
なんだろうなぁ?
こんな表情を浮かべる北斗は
初めてかもしれない
こっちまで緊張しちゃうような
少しピリッとした雰囲気に
ちょびっとビビりながら近付くと
いつもの定位置、北斗の膝の上に
乗せられた私をジッと見つめる北斗は
息を呑むほど綺麗…
ゴクリと喉を鳴らす私に聞こえたのは
とっても甘い言葉だった
「詩、俺は初めてあの路地裏で
会った時から、お前が好きだ。
自分のことより周りが優先で
俺を暴走族の総長としてでなく
流川北斗として接してくれた
初めての女だった。
守りたいと思ったのも
傍にいて欲しいと思ったのも
詩が初めてだ。
お前を誰にも渡したくない。
ずっと傍にいてくんねぇか?
俺の…彼女として」
北斗の真っ直ぐな瞳と想いに
私の心臓はドキドキして
身体中の血液が沸騰しそうで
最早パニックです!!
でも…私がこんなにドキドキするのも
安心するのも北斗が初めてだから
これが恋愛感情の好きなのかが
分からないの
優しい眼差しも、大きくて温かい手も
腕の中に居る時の安心感も
抱き締められてドキドキするのも
北斗が私にとって特別な存在だから?
これが好きってことなの?
この気持ちが本当に恋愛感情の好きなのかが
分からないと返事出来ない
今すぐに答えを出さないとダメなのかな?
私はポケットからメモ帳とペンを出して
今の想いを綴って見せた
≪好きって言ってくれて嬉しい。
だけど、私の心にある北斗への想いが
恋愛での好きなのかが分からない。
今までにこういう気持ちになった事が
ないから…
だから、少しだけ返事待ってくれる?≫
メモ帳から目を離した北斗は
いつもと変わらない優しい眼差しで
「待ってる」
って言ってくれたから
私は笑顔で頷いた
次の日、恋愛感情の好きが何なのかを
ずっと考えてみたんだけど
さっぱり分からない…
どうやったら答えが出るの?
ウンウン唸る私を心配して
声を掛けてくれたのは、律だ
「詩、朝からずっと様子が変よ?
何かあったなら話聞くけど」
あ!適任者が目の前にいるじゃない!
外見も中身もパーフェクトで
知識も豊富な律が〜!!
ノートを取り出して質問してみる
≪恋愛感情での好きってどんなの?≫
「え?恋愛感情での好き?
…もしかしてだけど、詩
恋した事ないの?
というか…そんな質問するって事は
誰かに告白でもされたの?」
え?恋?
それってどんな感情のこというの?
っていうか、たったひとつの質問で
誰かに告白された事まで分かるなんて
律って何者!?
≪正直言うとね、恋とか愛とかって
私には分からないの。
愛された記憶がないし、それに…
今までは生きてくだけで精一杯だったから。
それに、喋れない事で周りの人達には
私避けられてたから、もちろんお友達も
居なかったかの≫
文字を追う律の顔がすごく悲しそう…
こんな顔させることになるなら
書かなきゃ良かったかもしれない
ど、どうしよう…
自然と膝の上で固く握り締めた手の爪が
肌に食い込む
その時、フワッと柔らかいものに包まれた
「過去にそういう経験をしたら
きっと私だって詩と同じように
思ったかもしれないわ。
だけど、それは過去の詩であって
今の詩は私も含めて沢山の人達に
愛されてる。
だから、そこは自信を持っていいと思うの。
恋とか好きが何なのか分からないなら
私からいくつか質問するから答えて?」
抱擁を解いた律は優しい眼差しで
私の頭を撫でてくれた
過去は過去、今は今か…
過去のことは決して消えないし
なかった事にはならないけど
今が満たされていれば
いつか本当に過去を過去として
受け止められるかもしれないね
簡単じゃないかもしれないけど
一歩ずつ前進してみようかな…
優しく見つめてくれる律に笑顔で頷いた
「じゃあ、過去は一旦今は置いておいて
質問するわね?」
首を縦に振って頷いた
「まず、その人が詩以外の女の子に
同じように触れたら嫌?」
北斗が私にしてくれる事を他の人に?
う〜ん…嫌かもしれない
コクッと頷いた
「じゃあ次の質問ね?
その人が詩だけに見せる仕草や態度を
他の女の子に取ってたら嫌?」
私だけに見せる仕草や態度…
膝の上に乗せてくれたり
大きくて温かい手で頭を撫でてくれたり
優しい眼差しで笑いかけてくれたり
それを他の人にも?
少し…
ううん、すごく嫌かもしれない…
コクッと頷いた
「じゃあ最後の質問ね?
その人と一緒に居てドキドキしたり
離れないで欲しいって思う?」
うん、すっごくドキドキする!
離れたくないって思う!
コクコクと頷いた
クスクス笑う律に私の頭の中は
ハテナが沢山浮かんでる
首を傾げてジッと見つめていると
律は優しいソプラノの声で言った
「それは間違いなく恋よ、詩。
人に恋をして好きになると
その人を独占したいっていう気持ちが
芽生えるの。
自分にだけ触れて欲しいとか
自分だけに優しくして欲しいとか
傍にいて欲しいとか…
離れたくないし、離して欲しくないとか。
人を好きになる基準なんてそれぞれだけど
良いところも悪いところも
全部ひっくるめて一緒に居たいって思うのが
恋で、好きって事だと思う」
独占したい…
全部ひっくるめて一緒に居たい…
それが恋…
じゃあ私は北斗の事が好きってこと?
恋愛感情として…
≪でもみんなの事も好きだよ?
それも恋愛感情としての好きなの?≫
私の疑問に律はゆっくり首を振る
「じゃあ、みんなとの好きと
その人との好きの違いを教えてあげるわ。
例えば…キスして欲しいとかしたいって
思うのは?
今、誰の顔が浮かんだ?
その人が詩にとっての好きな人よ」
キ、キキキキス〜!?
恥ずかしい〜!!!
恥ずかしくて俯く私の頭の中に
浮かんだのは…北斗だ
他のみんなで想像してみても
どこかしっくりこない気がする
抗争の前日に北斗からおでこに
キスされた時はドキドキして…
恥ずかしかったけど嫌じゃなかったと思う
ってことは、やっぱり私は
北斗が好きなんだ
分かってしまったら
途端に心臓がドキドキバクバクして
胸がぎゅっとする
茹でだこ状態であろう顔を上げて
律を見つめると律は優しく笑った
「答えが出たみたいね、詩」
その言葉に私は笑顔で頷いた
詩side
放課後、いつもと同じように1階で過ごす私は少〜しばかり浮ついてます!
だって…
律のお陰で、私は北斗の事が好きって
恋してるんだって分かったから
放課後のこの時間は下っ端のみんなと
過ごす大切で大好きな時間なのに
どこか上の空で心ここに在らずなの
だから目の前では凛くんや幸くん、宏くんが顔を見合わせて首を捻ってるなんて、私は全く気付いてなくて…
それにしてもどうしよう〜!?
昨日恋が何なのか分からないと
返事を保留にして貰ったのに
1日経たずに返事していいものなの?
でも北斗は待ってるって言ってくれたし…
ちゃんと北斗と同じ気持ちだってこと
早く伝えたい
ウジウジするのは私らしくないよね!
そうと決まれば即行動しなきゃと
北斗の居るであろう幹部室へと猛ダッシュ!
ーバァン!!
扉を開けた先には
驚きの表情を浮かべ目を丸くする、みんなが私を見つめていた
いち早くその驚きから覚めた奏に声を掛けられた私はクスクス笑われちゃって、なんとも恥ずかしい〜!
「詩ちゃん、いきなりどうしたの?
何かあった?」
私の脳内がお花畑になってる事は一旦置いておいて、北斗の席を指差して首を傾げて
どこにいるかを尋ねた
伝わってる?
筆談の方が良かったかな?なんて思ってたけど、奏には分かったみたい
「北斗なら総長室に居るよ」
その言葉に笑顔で頷いて、私は2階の1番奥にある総長室へと小走りで向かった
私が出て行った後の幹部室で、みんなが首を捻っていた事は知る由もなかった
総長室の前で数回、深呼吸をして今更緊張しているんだって分かった
一刻も早く伝えたいと思ってたのに
今は胸がぎゅっとなって、少し息苦しいくらい
だけどそれは苦しいとかじゃない、不思議な感覚なんだ
フゥ〜と最後の深呼吸を終えて、片手を胸に当てながらノックしようとした瞬間…
部屋の向こう側から聞こえてきた言葉に
私の手は扉からゆっくりと手を遠ざけていた
早くこの場から動きたいのに、足が震えて
指先は凍えるほど冷たくて
心臓は昨日の北斗からの告白の時より
北斗と同じ気持ちだと分かった時より
今この瞬間が1番ドクドクしてる気がするんだ
だって…
私以外の誰かに向けて優しく穏やかな声で、昨日私に言ってくれた言葉を紡いでるんだから…
「…好きだって、穂花。
守ってやるって言ったろ?
だから、心配すんな」
穂花、さん…?
北斗…その人が好きなの?
じゃあ、私に昨日言ってくれた言葉は
嘘だった?
初めて好きになって守ってやりたいって言ってくれたのも、嘘?
ねぇ、待ってるって言ってくれたでしょ?
私、昨日告白してくれて
すっごく嬉しかったの
今まで、そんな気持ちを持つ余裕もなく生きてきたから沢山悩んだの…
だけど律が教えてくれたんだ
人を好きになることや恋する気持ちが
どんなものかを…
初めてなんだ、こんな気持ちを持てたこと
だけど本当に初めてだから分からないの…
こういう時どうすればいいのが正解なのか
私には分からないよ、北斗…
私に伝えてくれた気持ちはホンモノ?
それともその人…穂花さんに伝えている気持ちがホンモノ?
私は何を信じればいい?
ねぇ、北斗…
頬に伝う涙もそのままに
私は静かに一歩ずつ離れた
さっきまで幸せな気持ちでいっぱいだった心が、今はキリキリと突き刺すように痛む
すごく苦しいよ、北斗…
ーガチャ
「おわぁっ!?びっくりしたぁー!
詩じゃんか…
って、おい…どうした?泣いてんのか?」
突然開いた扉から出てきた錬に顔を覗き込まれた私は、次の瞬間抱き上げられていた
突然の事にも反応出来ない私は
ただ優しく背中を撫でてくれる錬に
そのまま身を委ねて声にならない声を上げて
泣きじゃくった
≪〜〜〜〜〜≫
この胸の痛みが何なのか、どうして苦しいのか、どうしてこんなにも涙が溢れて止まらないのかも…私には分からないよ
誰か、助けて欲しいよ…
錬の言葉を不審に思ったみんなが驚き、
切なく顔を歪めていたなんて
錬の胸にしがみついて泣く私は
自分のことでいっぱいいっぱいで知らなかったんだ…
私を抱き上げながら、優しく背中を撫でてくれる錬が総長室から出てきて驚きの目で私を見つめていた北斗を睨んでいたことも…
北斗side
昨日、俺は詩に告白をした
恋愛感情での好きが分からないけど
俺のことは好きみてぇだから安心した
絶対詩に彼女になって欲しい
俺だけのモノにしたい
返事は遅くても構わねぇ
俺の気持ちは精一杯伝えたんだし気長に待つつもりだ
告白すんのも緊張したけど、待つのも案外ドキドキするもんだなぁ
にやけそうになる顔を見られたくなくて
総長室へと移動した俺に一本の電話が入った
俺と奏と、もう1人の幼馴染である穂花だ
「もしもし、どうした」
『北斗…最近またお父さんに叩かれるの。
やっぱり…っう…っひく…私のこと嫌いなのかな?要らない子なのかなぁ〜?
北斗も……っ私のこと……っひく……嫌い?
守ってくれないのぉ?」
電話越しの穂花は泣きじゃくり、昔からの口癖を口にする
穂花の家は父子家庭で、何かあると親父さんは穂花に手を挙げる人で、その度にこうやって泣きながら自分は嫌われているのか、
要らない子なのか、俺や奏に嫌いかを聞いてくる
そうやって確かめることで、自分の存在意義を求めてくる
その度に俺はこう言う
「…好きだって、穂花。
守ってやるって言ったろ?
だから、心配すんな」と…
そうすれば決まってお決まりの文句が
返ってくるんだ
『…ホント?守ってくれる?好き?』って
穂花は俺の幼馴染であり、妹みたいな存在だから何かあれば守ってやるし助ける
「当たり前だろ、幼馴染なんだからよ。
家にいるのが辛いんなら、倉庫に寝泊まりするか?奏もいるしよ」
『え、いいの?倉庫に寝泊まりしても…』
「あぁ、穂花が落ち着くまでいればいい」
『ありがとう!奏くんにも会いたいし
行きたい!倉庫に着いたら連絡するね!』
「おぅ、分かった」
通話を終えてフッと溜め息が出た
穂花が小さい頃にお袋さんが病気で亡くなってから、親父さんは穂花に手を挙げ始めた
“お前が死ねば良かった”
“お前なんか要らない!あいつを返せ!”
“俺はお前が大嫌いだ”
そんな言葉で罵って手を挙げられると、いつも俺や奏に泣きついて来てたけど…
それは穂花が中学生の頃に治ってたはずだか、また始まったのか?
一体何があったってんだよ…
まぁ、とにかく穂花が元気になるまで
倉庫に寝泊まりさせるか
アイツらにも説明しとかないとな
ーガチャ
は?なんなんだ、この状況は…
総長室の扉の先にアイツらと、錬に抱き締められてる詩が居た
錬は睨んでくるし、他のヤツは今にも泣きそうに顔を歪めて詩を見つめてるし…
一体何があったってんだよ…
俺はただ呆然と立ち尽くしていた
詩side
大きくて温かい何かに包まれながら私は夢を見ていた
孤児院に捨てられる前の辛くて悲しい頃の夢
アメリカ人のママと日本人のパパとの間に生まれた私は、容姿がママそっくりで虐められる事もあったけど、2人が居ればそれだけで幸せだった
笑顔が素敵なママと優しいパパが居れば…
だけど
ママが私を庇って事故に遭って亡くなって
パパは変わってしまったの
ママが居なくなってからの私はパパに殴られたり蹴られたり、時には罵られる事も多くて毎日我慢して過ごしてた
“お前がアリアを殺したんだ!”
“お前なんか要らない!アリアを返せ!”
“アリアの苦しみを思い知れ!”
“お前なんか居なけりゃ良かったんだ!”
毎日のように続く言葉の刃で私の心は
ズタズタに傷付けられていた
でもそれはパパの大切な人を私が奪ってしまったからで、これは私に与えられた罪と罰なのだと幼心にも分かってたから…
ひたすら耐えた
殴られても蹴られても罵られても、パパには私に対してそうする権利があるって思ったから
だけど、我慢し続けた結果…
ストレスによる失声症で声を失い、感情をも失くしたただの人形みたいになってた
殴られても蹴られても、何の反応も見せない人形のような私に嫌気がさしたパパに、
小学2年生の頃捨てられた
小さいながらに、捨てられて当然なのだと理解していたの
孤児院で暮らし始めても私の心は凍ったまま、誰にも心を開くことはない壊れた人形だった私
私のせいでママは死んで、パパは苦しみ人格が変わってしまった
全部私が壊してしまったんだ
だから私は感情という感情を捨てて
毎日を過ごしていた
私は人の幸せを奪った人間だから、幸せになっちゃいけない
愛して貰っていた記憶は靄がかかって霞み、愛されなかった記憶だけが残った
だから孤児院に捨てられた日から
優しい笑顔で接してくれる園長先生にも
いつか捨てられるって思った
私はママを殺し、パパを変えてしまい
声を失って感情も無くなった人形だから…
私は要らない子なんだって捨てられる
捨てられる事が前提なら、初めから心を開かなければいい
優しくされたり、抱き締めて貰ったり
温もりを感じた後に失うことは、新たに傷を深くするだけだって身を持って知っていたからかもしれない
だから話せなくなった私は、とことんそれを利用した
話せないって分かったら自然と話しかけてくる子も減って、気付けば私は孤児院の中でもいつも1人だった
人は簡単に変わる…
心も体も気持ちも言葉も…
その度に心がキリキリするくらいなら、初めから距離を置いておけばいいし、他人との間にバリアを張って私に近付けないようにすればいい
人は必ず離れていくし、信じるのも難しい
人の心なんて、そう簡単に分からないもの
みんなが私の心を分からないように
私もみんなの心が分からない
そんな完全なる人間不信の私の傍には
いつも園長先生が居て、私がやることなす事に喜怒哀楽の表情を浮かべて、無視しても離れずに接してくれた
そんな日々が4年程続いた…
私は相変わらず話せないままだったけど
中学生に上がる頃には園長先生には
心を開いて感情も戻りつつあった
どんなに突き放しても、変わらずに傍に居てくれた心優しい人
カチカチに固まってしまった私の氷のような心を傷つけないように、少しずつ温めて溶かしてくれた
そして優しさだけじゃなくて、時には厳しさも教えてくれた
これから先にあるのは幸せな事ばかりではなくて、辛く悲しい事も沢山ある
前に進めなくて立ち止まっては、
何度も後ろを振り返る事もあるかもしれない
もう歩くのもやめたいと思うかもしれない
それでも諦めずに歩みを進めていれば
今までとは違うものが見えてくる
人と同じペースでなくていい
自分のペースで歩いていけばいい
自分の歩く道は自分だけのものだから、その道の上なら寄り道しても立ち止まっても
後ろに戻っても構わない
そういう過程があって未来の自分が造られていくんだよって園長先生は言ってたっけ…
だから傷付けられるんじゃないかって
疑うよりも、1度相手を受け入れてみる
信じれるか信じられないかは
相手と同じ目線に立ってから
見えている姿だけでどんな人かを決めつけないで、見えていない内に秘めるものを見つめなさい
そう教わって私は中学校から、諦めかけていた人との関わりを持とうと必死だった
だけど、努力は実らず3年間を過ごして卒業…
でも3年間人と関わることを努力した結果
私は声を出せない以外は変われたんだ
壊れた人形の面影はなくて
本来の私に戻れたと思う
感情を殺すことなく出せるようになったし、心も強くなった
人を信じる強さを持てた
全部全部、園長先生のお陰なの!
だけど、どうしてだろうね…
人が変わる瞬間を見てしまったら…
それが大切で大好きな人だからこそ
動揺して怖くて、信じることがすごく怖いなんて思ってしまった
星竜のみんなは、信じられるし信じたい人達なのに、怖いと思ってしまう私は最低だよね
でもすごく怖いの…
離れていかれるのが…
捨てられるのが…
嫌われるのが…
そして1番怖いのは、みんなを信じることが出来なくなりそうな自分だ
北斗…
あなたは信じれる人ですか?