翌日、私は帰国することになった。

本当は後1泊する予定だったのだけれど、
早速婚約解消のことを仁くんは父に話したようで、大事な娘を知らない男と一緒に放っておけるかと父が激怒し、無理やり飛行機のチケットを握らされた。


「お父さん、私が悪いから!黒瀬先輩はなにも悪くないから!」


出発時刻まで空港で言い合う。


「俺は仁くんだからおまえを任せようと思ったんだ!認めんぞ!」


「黒瀬先輩ときちんと話せば、彼の良さが分かるから!」


先輩が働くお店に連れて行こうと思ったが、感情的になっている父が迷惑をかける懸念もあるため、今回は断念した。

でもきっと近いうちに認めてもらえるという、自信がある。誰もが黒瀬良斗の魅力に惹かれるはずだ。


「仁くんが何度も謝ってきた。おまえが自分のことを好きでないと分かっていながら、同情心を煽り、婚約までしてしまったことを…そんな仁くんの気持ちを考えると、おまえの恋を素直に応援できん」


空港のロビーに座りながら、父は本音を漏らした。


日本にいる頃は小太りで生活習慣病の心配をしていた父が痩せて、今ではスーツの良く似合う体型になった。

心身共に苦労があったのだ。
そして父と二人三脚で壁を乗り越えてきた仁くんに対する想いは強い。


「小さい頃から良斗くんのことも知ってる。彼がどれだけ出来た人間で、将来有望な男かは心得てる。でも今はまだ、認められないよ」


冷静に語る父の言葉に胸を打たれた。


そうか。
父は昔から黒瀬先輩のことを知っていたんだね。


娘を想う親心と、息子同然に可愛がってきた仁くんへの想い。複雑な心境なんだ。


「勝手ばかり言ってごめんね」


「母さんに似たんだな。あ、母さんへのお土産だ」


紙袋を渡された。
きっと日本にひとり残されて寂しがってるだろうな。