目にかかった前髪をそっと払ってあげると、黒瀬先輩は目を閉じた。


「子供の頃から、仁には申し訳ないことをしたと思ってきた。仁の母と別れ、俺の母親と再婚した父は俺を溺愛した。いつも仁は俺の二の次だったけれど、どうしてあげることもできなかった。俺が彼にできることと言えば、家から出ることだった。跡取り問題もこれで解決すると思ったしね」


返事の変わりに、ギュッと手を握る。


「仁に婚約者ができたと親戚から聞いた時、素直に嬉しかったんだ。彼を1番に考えてくれる人の存在に、心から感謝した。まさか、君のことだとは知りもせず。だから俺は身を引こうとした。それが最善だと思ったからね」


「私は黒瀬先輩を好きになり、仁くんに1年だけ待って欲しいと頼みました。弟さんが先輩だと話してくれた時、信じたくなかった。2人の仲のことも知っていたし、仁くんの気持ちを優先すべきだと思いました。でもそんな私の気持ちも、仁くんはお見通しでしたーー私は黒瀬先輩のことしか、愛せないみたいです」


「俺も、君しか見えていない」


見つめ合う。
空いている方の手で、そっと頰を撫でられた。



「君のご両親にはきちんと謝罪に伺うから。安心して俺についてきて」


「そのつもりです」


校内一、いや世界一、頼れる存在だ。
黒瀬先輩と一緒に歩む未来は、例え苦しいことがあっても、それさえもポジティブに捉えて進むことができると思う。


だって、私の彼氏は
黒瀬 良斗だよ?


「ありがとう」


「でもなにかあったら、どんなことでも話してくださいね。一緒に、乗り越えたいです」


「こんなに可愛い君に、隠し事なんてできると思う?」


「なっ…、可愛いっ…」


慣れない。
甘い言葉も、甘い表情も。

新たな先輩の一面に眩暈を起こしそうだ。



「さぁゆっくり休もう」


「お、おやすみなさい!」


ふいっと首だけ反対側を向く。
きっと赤くなっている顔を見られたくないよ。



「おやすみ、菜子」


呼ばれた名前に、胸が締め付けられる。

ああ、これが…胸キュンってやつ!?


これから私の心臓、もつかな…。