あなたは私が駆け寄った刹那、驚いた顔をしたけれど
すぐにいつも通りの柔らかい表情に戻った。
「うちの娘なんだ。恐れ多いが仁くんとは婚約している」
そんな父の紹介に、
「はじめまして。黒瀬良斗です」
居るはずのない黒瀬先輩は、笑顔で応えた。
どうして。
どうして、あなたがーー。
聞きたいことが渦のように頭を駆け巡り、上手く言葉にできなかった。
「仁のこと、頼むね」
黒瀬先輩は真っ直ぐに私の目を見て言った。
動揺の欠片すら見せないあなたは、
全てを知っていたのだと、
ーーそれだけは理解できた。
「帰るのか?せっかく来たんだ顔だけでも見せてあげてくれ」
「意識が戻ったと聞いて安心しました。俺が来たことは言わないでください」
遠くで2人の会話が聞こえた。
黒瀬先輩ーーあなたは、
仁くんの弟さんなんですか?