「俺……ひとつだけ願いが叶うとしたら、夢希さんと旅行に行きたかったな」
唐突な台詞に、わたしはかすかに首をかしげる。
「……旅行?」
「うん。どっか遠い場所……俺と夢希さんのふたりだけで。誰も知らないとこに行きたかった」
柴ちゃんが顔を上げて夜空をあおいだ。雨がシャワーのように彼の頬に降り注ぐ。
「一緒にうまいもの食べて、きれいな景色見て、手つないで歩いて……。何も心配しなくていいし、誰の目も気にしなくていい。夜になっても夢希さんを帰さなくていいんだ」
それは子どもが描く夢物語のようで。けれど、わたしの選択がひとつ違えば起こりえた未来だった。
散り散りになった可能性のかけらは、今もそこかしこに落ちているのだろう。拾い集めて願いを再生させることも、きっとできる。
――だけど、もし願いが叶ったとしても帰る場所は決まっているから。
「柴ちゃん」
もう二度と、この名前を呼ぶことはないのだろう。
「……わたし、もう行くね」
“ごめんなさい”とか“ありがとう”を伝えれば、少しは心が救われたのかもしれない。
けれどこの痛みを、後悔を、身を引きちぎられるような喪失感を、余すことなく刻みこまなければいけない気がした。