「俺のこと卑怯だと思ってくれていいですよ。婚約者の存在を知らないふりして夢希さんに近づいたんです」
「なんでそんなことしたの……」
「夢希さんが欲しいから」
頭がくらくらする。思考がついていかない。
だけど、柴ちゃんを卑怯だと思う権利が自分にないことは、考えなくても明らかだった。
一番卑怯なのは、わたしだ。浅はかな好奇心と、くだらない自尊心を満たしたくて、自ら柴ちゃんに隙を与えていたわたし自身。
期待を持たせて甘い蜜だけ味わって、その先の責任をとる覚悟すらなかったくせに――
自分のしでかしたことが今さら怖くなり、ガタンと大きな音をたててスツールから立ち上がった。
「ごめん、もう帰る」
「まだ雨が――」
「大丈夫だから」
わたしは引き止める柴ちゃんを振り切って店を出た。