柴ちゃんは口内から指を引き抜くと、わたしの背中に手を回した。抱き寄せようとする力にギリギリで抵抗し、両手で彼の体を押し返す。


「ダメ、お願いだからやめて、柴ちゃん」

「俺のこと迷惑ですか?」


ずるい問いかけ。わたしが本気で突っぱねられないことを見透かしながら、イエスかノーの二択で選ばせようとしているんだ。

もう逃げ場はない。ごまかせない。


「迷惑……じゃない、けど……困る」

「どうして」

「迷惑って思わなきゃいけないのに……思えない自分が困るの」

「じゃあ思わなければいい」

「でもっ――」

「婚約者がいるから?」


思いもよらない言葉に自分の耳を疑った。わたしは目を見張り、柴ちゃんの顔を凝視した。


「知ってたの……?」


柴ちゃんが小さく、だけどハッキリとうなずく。


「俺、夢希さんが飲み会のときにお母さんと電話で話してるのを聞いたんです」


飲み会のときということは、わたしがバイトを始めた日だ。

たしかにあのとき、母と電話で賢二郎の話をしたし、その直後に柴ちゃんに声をかけられた。だけどまさか会話を聞かれていたなんて思っていなかった。

つまり柴ちゃんは、最初からすべて知っていたということなんだ……。