今さら話すタイミングが見つからない、というのは完全に言い訳だ。

本音は、真実を話して柴ちゃんが去っていくのが怖かったから。

わたしを見つめてくれる視線、わたしを特別に扱ってくれる言葉、わたしの名前を呼ぶ彼の声。

柴ちゃんという要素があって初めて、わたしはわたしという存在を認識することができた。それは言い換えれば、彼がいなければ自分の存在がおそろしく不確かだということだった。


わたしを今まで形作っていたのは“賢二郎の婚約者”という立場だけ。

実際は賢二郎との関係がどこにも進んでいないことを知りながら、ただ毎日を惰性で過ごし、マンションの部屋で幽霊のように過ごしていた、わたし。


見つめてほしい。大切に名前を呼んでほしい。わたしを価値あるものとして扱ってほしい。


自分の心にこんな巨大な穴が空いていたなんて、今まで自覚すらしていなかった。柴ちゃんに出会って、わずかに満たされる感覚を知って、初めて穴がそこにあったことに気づいた。


もっと、もっと満たしたい。
ダメだとわかっていながら、もっと――


そんな不毛な状況に変化が起きたのは、7月に入って初めての月曜日のことだった。