「しまった、ネクタイ忘れた~!」


更衣室から田中くんの声が響いて、わたしたちは手を離した。


「あー、俺スペア持ってるから貸すよ」

「マジで? サンキュー柴ちゃん」


柴ちゃんが小さな笑みをわたしに残し、更衣室へ入っていく。

ひとりになったわたしは、宙ぶらりんになっていた手のひらを顔の前で広げ、じっと見つめた。

いつもと何ら変わらない自分の手。
だけどそこには鮮明に、さっきの温度や感触が残っている。


……困ったな。


今まで必死でごまかしてきたのに。自分の本心を認めずにきたのに。

それがたった数秒、わずかに触れただけで理屈も理性も飛びこえて、こんなにも痛感させられるなんて。


わたしはぎゅっと手を握りしめて、小さく身震いをする。


もう否定できない。

抑えても抑えても湧き上がる、あきれるくらい浅ましいこの劣情。



――“もっと、彼に触れたい”